コミュニケーションの自己生産に伴う難問

 コミュニケーションは、コミュニケーションから生み出され、自己産出されるという。これをオートポイエーシスという。つまり、一つのコミュニケーションは、連接する次のコミュニケーションを生み出す。コミュニケーションの発生原因は、コミュニケーションの外にある何かではなく、直前のコミュニケーションであるというのである。
 例えば、授業で、先生がある生徒に「この問題の答えがわかりますか?」と言ったら、その生徒が首を横に振った後、別の生徒が「私はわかりますので、答えます」と言い、先生が「それでは答えてみなさい」と言ったとする。
 先生と最初の生徒のコミュニケーションが、別の生徒と先生のコミュニケーションを生み出したことになる。教育コミュニケーションが連接していき、教育システムが創発されることになる。このように、コミュニケーションがコミュニケーションを生み出す。

 ところが、ここで一つの難問が生じる。それは、最初のコミュニケーションだけは、コミュニケーションから生み出されたわけではないと思えることである。そうなると、ファースト・コミュニケーションは、コミュニケーョンの外部に原因をもつことになってしまう。そうなると、コミュニケーションの原因はコミュニケーションであるという原理に例外を認めることになり、矛盾する。このようなシステム論に付きまとうアポリアは、システムの起源問題としてハーバーマスによって鋭く批判されている。この難問を解くために、コミュニケーションの事後成立性と相互規定性を吟味していく必要がある。

 結論から言うと、コミュニケーションは他のコミュニケーションとの規定関係からしかコミュニケーションとして成り立たないという視点を導入することで、この難問は解決できる。ファースト・コミュニケーションは、セカンドコミュニケーションが連接することではじめてコミュニケーションとして成立するということである。一つのコミュニケーションは、連接する次のコミュニケーションを待ってはじめて意味を獲得するのである。
 これをコミュニケーションの相互規定性という。ファースト・コミュニケーションは、セカンド・コミュニケーションに意味付与し、セカンド・コミュニケーションもファースト・コミュニケーションに意味付与するというわけである。セカンド・コミュニケーションの出現によって、ファースト・コミュニケーションも自己産出されたと考えるわけである。集合論的にも要素が複数あってはじめて集合は意味をなすわけであり、コミュニケーションという要素が複数あってはじめてシステムも意味をなす。これは、要素とシステムの区別の起源にもかかわる問題である。要素が複数になることで、要素とシステムの区別が生ずるのである。
 
 先の例で説明しなければなるまい。先生が生徒に「この問題の答えはわかりますか?」と言ったら、その生徒が首を横に振った。これが一つの教育コミュニケーションであるかどうかは、これだけでは認定されない。ファースト・コミュニケーションを観察した別の生徒が「私はわかりますので、答えます」と言い、先生が「それでは答えてみなさい」という次のコミュニケーションによって、ファースト・コミュニケーションが先生による生徒に対する教育上の質問行為であるとことが承認されたことになる。最初のやりとりだけで終わっていたら、最初の生徒が本当に答えを知らないのか、答えたくなく教育コミュニケーションを拒否しているのかわからず、教育コミュニケーションとして成り立たない。もう少し詳しく言うと、セカンド・コミュニケーションによるファースト・コミュニケーションの観察によって、同一コードに準拠するコミュニケーションとして同定されることになる。(この場合、教育コミュニケーションとして同定される)。もちろん、セカンド・コミュニケーションも、ファースト・コミュニケーションがないと意味をなさない。セットになって、はじめて教育コミュニケーションとして二つの隣接するコミュニケーションの意味は成り立つ。

 一応、社会システム論的な意味でのオートポイエーシスとは、コミュニケーションが他のコミュニケーションとの相互規定関係から生み出されることであると考えておきたい。
 
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by merca | 2009-01-19 00:00 | 理論 | Comments(1)
Commented by 山人 at 2009-02-03 23:00 x
ルーマンが不用意にそう言ってしまってますから、仕方ないんですが、「コミュニケーションがコミュニケーションを産出する」というのは、厳密に言うと間違いです。社会システムの産出プロセスがコミュニケーションを産出するのであって、コミュニケーションは次のコミュニケーションを産出する産出プロセスの作動を基礎づけているにすぎません。
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