自己意識の輪廻転生論


 自己意識は、睡眠(夢を見ている状態を除く)や気絶した時には存在しないが、覚醒すると立ち現れる。自己意識は、作動と停止を繰り返している。脳神経システムに自己意識を作動させる条件が整うことで、自己意識は立ち上がる。睡眠や気絶している間は、この世=現象世界にその人の自己意識は存在しないことになる。一種の死である。ところが、覚醒すると、その人の自己意識は生じ、この世に立ち現れる。これは一種の生である。かくして、脳を含む肉体という物質的基盤を条件として、自己意識の輪廻転生が成り立つ。
 このように解釈すると、ある限られた条件であるが、自己意識=心の輪廻転生は、普通に考えて正しいことになる。むしろ、科学と矛盾しない。
 
 自己意識の輪廻転生論からすると、もっと重要なことは、心身二元論は正しい結論になることである。つまり、心=自己意識をもたない脳の状態が存在することを認めることになり、自己意識と脳は別物となるからである。睡眠中の脳は、心がない脳であり、心と分離しているのである。別の言い方をすると、睡眠中や気絶状態の時には、心が脳に宿っていないことになる。システム論的には、脳神経システムが意識システムを作動させる条件を整えていない状態が心の死であり、意識システムを作動させている状態が心の生である。
 また、意識システムを作動する条件を人工的に整えることが可能なら、人は心の輪廻を操作することができる。実際、寝る前に目覚まし時計をかけるのは、それである。

 さらに、自己意識の輪廻転生論を認めると、自己意識は連続してないことになり、ベルグソンの純粋持続や所業無常の原理に反し、自己意識は不連続であるという結論になってしまう。睡眠時の意識の停止をもって、意識の連続性を否定することができるのだろうか?
  自己意識は連続していないが、脳神経システムは作動し続けており、睡眠時も心の無意識の部分は作動し続けていると考える立場もありうる。あるいは、生命システムが連続的に作動していることが、脳神経システムの作動と自己意識の輪廻転生そのものの条件であると考えられる。

 睡眠する前と後の意識が自己の連続する意識として同一であるという感覚が存在するためには、記憶の蓄積だけではなく、変化するものの中に変化しない同一性を想定することが必要となる。(記憶は自己意識の同一性を知るための手段であっても、自己意識の同一性そのものではない。)
 究極的には生命体システムの連続的同一性が自己意識の同一性を支えていると解釈できる。簡単に言えば、同じ命ということが自己意識の連続的同一性を支えている。

 脳神経システムを含む生命システムが、(自/他)という区別コードで自己言及した時に、自己意識が発生するのである。生命体システムが別の区別コードで自己言及した時には、自己意識は滅却するのである。


人気blogランキングの他ブログも知的に面白いですよ。
人気blogランキングへ

[PR]
by merca | 2009-05-08 10:39 | 理論
<< 科学は「真理の近似説」に基づく。 受動意識仮説とメタ認知的ホムン... >>