ニセ科学批判のニセ科学化現象


 死後の世界は、科学の対象とならない。神や霊魂の存在は科学の対象外である。つまり、特定の宗教の教義内容が正しいかどうかは、科学の対象外である。さらに、道徳内容の正しさも、科学の対象外である。もし科学が自らの対象外の存在について語るならば、科学的ではなくなり、ニセ科学となる。科学が科学の対象外のものについて語りだすと、科学は宗教と機能的に等価となり、科学は途端に宗教化する。
 
 ちなみに、死後の世界について、科学者の態度としては、「私の仕事の専門外なので答えることができない。(お坊さんや神父さんに聞いてみて下さい。)」というのが正しく、「科学の立場からは、死後の世界や霊魂は存在しない。」と答えるのは、不適切である。科学者は、死後の世界という科学の対象外の分野については、語ることはできないわけである。
 にもかかわらず、死後の世界について存在しないと語り、スピリチュアルや宗教や占いを否定しまくる科学者やニセ科学批判者がいる。基本的には、死後の世界の内容については科学の対象外であり、科学の立場や方法からは言及不可能なのである。科学が言及不可能な対象について科学的に分析しようとすることは、ニセ科学に他ならない。死後の世界は、科学的方法によっては観察できず、科学の対象外である。(ちなみに、科学的方法のみが正しいと考える人を科学主義者という。)
 科学者が科学の立場から「キリスト教の教義は正しくない。」「仏教の教義は正しくない。」「神は存在しない。」「輪廻転生は存在しない。」と断定するとしたら、それはニセ科学となるのである。
 ちなみに、宗教社会学が宗教について言及する際は、神や霊魂の存在や教義内容の真偽については対象外とし、社会現象・社会的機能としてのみ宗教を扱う。宗教社会学が社会科学たる所以である。
 科学の対象とならない領域について、科学的事実を根拠にして言及するタイプのニセ科学批判は、それ自体ニセ科学であるので、要注意である。
 ニセ科学の定義に、科学の対象外となる領域を科学的に扱うことを含めることを提案したい。この定義を含めることで、ニセ科学批判の一部がニセ科学となるであろう。さらに、科学主義による文化破壊を阻止できるのである。
 
 昨今のニセ科学批判者たちが科学教だと思われてしまう理由は、科学の対象外についてまで言及しているからである。宗教やスピリチュアルが扱う領域の真理を科学的判断から真偽を吟味することで、かえって自らが宗教化・カルト化し、ニセ科学化しているのである。
 「死後の世界で魂は永遠である。」「死後の世界はなく、死んだら無に帰す。」という二つの言説は、機能的に等価である。科学の立場から「死後の世界はなく、死んだら無に帰す。」という世界観を述べることも、人々の死生観・宗教観として機能してしまうからである。
 「死後の世界はなく、死んだら無に帰す。」と断定する科学主義やそれに基づくニセ科学批判は、宗教としても観察でき、正しく宗教社会学の対象となるのである。
 
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by merca | 2009-10-18 08:54 | ニセ科学批判批判
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