公設派遣村が貧困の自己責任論を実証する。

 湯浅氏の派遣村構想を受け、国家が公設派遣村を開設したが、やはりよい結果をだしているとは言いがたい。生活費、就職活動費、交通費にあてるべき援助金を飲酒やギャンブルや煙草に使用した人たちが出てきたり、援助金をもらうと約200人が一斉に行方不明になったりしたらしい。また、あるニュース番組で見たが、職安に行っても、就職を選り好みする人物もおり、順調に職を見つけて住込み就労できた人がほとんどいないという。
 確かに入所者の一部にはまじめな方もいると思うが、約200人が行方不明になったという事実は、到底、統計上無視はできず、それが免罪符になるわけではない。従って、もしまじめな一部の入所者へのインタビューでもって、自己責任説を回避しようとする学者やプロガーがいたら、詭弁にしかすぎないと釘をさしておきたい。

 社会学的にいうと、その根本原因は、ホームレス化の自己責任説に準拠したシステム設計をしなかったことにある。湯浅氏の抱く幻想である社会責任説に基づき、性善説的な援助をしたことに問題がある。貧困は社会や環境のせいであり、個人の自己責任でないというドグマにとらわれた結果、現実が見えなくなり、迷走してしまっているのである。
 私は、「貧固・犯罪の自己責任論は正しい」というエントリーで、自己責任論を排除する湯浅氏や湯浅氏を妄信する多くのブロガーたちを批判しておいたが、正しく今回の公設派遣村の失態はそれを科学的に実証するものとなった。
 いくら生活保護や就労対策で衣食住や就労を確保しても、アルコール依存症、ギャンブル、女遊び、薬物依存、浪費癖、放浪癖、職業選択の選り好み、協調性の欠如などの自己責任に帰着する自己問題要因を解消しないと、これらの問題が再発し、再度、貧困に陥るのである。自己問題要因が貧困をつくったのであり、不況や失業はそのきっかけ要因や補助因にしかすぎない。
 自己問題要因解消の指導をせずに、甘えた支援だけをするのでは、税金の無駄遣いであり、国民の道徳的憤慨を誘発するであろう。
 
 もうそろそろ貧困の自己責任説が正しいという現実にブロガーたちは目をむけるべき時期なのである。湯浅氏の説に幻惑され、自己責任説が正しいと思っている大衆を侮蔑し、あざ笑うかのごとく批判してきた多くのブロガーたちは本当にみとっもないのである。
 常識的見解=俗説を批判している知識人を見ると、その意外性から何か正しいことを言っていると心理的錯覚を起こし、妄信するという病理現象はよくおこる。例えば、反社会学講座もその類いであり、常識・俗説批判による幻惑効果によって読者をひきつけているのである。常識批判効果を利用した言説には注意しなければならない。

 公設派遣村に若者が増えているようであるが、援助すべき対象かどうか疑わしいと思う。宿泊するところがないのが前提であるが、実は故郷に実家があったりするのではないか? 単に親と喧嘩したり親から借金をしたりするなど、親に迷惑をかけて家族のもとに帰れないだけの話であり、親に頭をさげれば税金を使わずとも家族のもとに寝泊まりできるのではないかと思う。頭をさげるという能力が欠如しているプライドの高い若者たちの自己責任であり、我々の国税で面倒をみる必要はないのである。いずれこの点についても、マスコミは敏感に察知するであろう。この記事を見ている記者は、そういう観点で取材してみると、真実を知るであろう。

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by merca | 2010-01-11 09:04 | 社会分析
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