貧困社会論、若者はかわいそう論は、ニセ社会問題

 浜井浩一や安原女史などの治安悪化神話批判論者たちは、統計上は犯罪が減少していることを根拠に、世間にはびこる治安悪化論をマスコミや評論家等がつくりあげた虚像として断罪してきた。そして、多くのブロガーたちは、世間の常識を覆す治安悪化神話批判論者の言説に追従した。
 同じように、統計的事実を根拠に、世間にはびこる貧困社会論及び雇用不安社会論をマスコミや学者がつくりあげてきた虚像として批判する理論が登場した!! 
 それが、人事コンサルタントの海老原嗣生氏による「若者はかわいそう論」のウソ データで暴く「雇用不安」の正体、という書である。
 端的に言うと、同書は、貧困社会論批判、雇用不安社会論批判の書である。また、加えていうと、俗流若者論批判批判の書でもある。

 同書では、統計的根拠に基づき、若者の焦点を絞り、貧困社会論にまつわる通説をことごとく否定する。
 若者の就職難はウソである。大企業の求人も減っていないし、中小企業の求人は非常に多いという。からくりは、大学進学率の増加によって大学生の数=母数が増加し、学生たちが中小企業の求人を拒否し、大企業の求人に殺到することにあるという。椅子取りゲームの椅子ではなく、椅子取りゲームの参加人数に原因があり、競争倍率を吟味することなく、殺到する若者たちの就職意識に問題があるわけである。湯浅氏の反貧困論はここで破綻する。これは、大企業への就職競争に殺到する若者たちの自己責任なのである。中小企業を選択すると、椅子取りゲームにはならないのである。椅子取りゲームは社会から強制されているのではなく、プライドの高い若者の自己選択の結果、つまり自己責任である。また、20代の前半の正社員が激減しているというのも、学生アルバイトの増加を考慮しない虚像なのである。職業の選り好みという若者の自己責任要因によって、就職難の体感意識が形成されていると考えられるのである。

 貧困社会論、つまり日本が貧困になった、貧困格差が拡大したというのもウソである。OECDの貧困率(平均所得以下の世帯の割合)については、高齢者世帯の増加が考慮されていないわけであり、貧困率をもって貧困格差が広がったと言い辛い。全体世帯の7%弱の非正規社員が増加して貧困率があがったのは、ウソである。つまり、ワーキングプアが増加して日本社会が貧困になったというのは、マスコミがつくったウソである。
 市民活動家、マスコミ、ブロガー、政党が貧困社会論や格差社会論を煽り、人々に日本は貧困化しているとの意識を植え付けたのである。その結果、国民の一億総中流意識もなくなってきたのである。これは、もはや貧困論におけるモラルパニックである。日本が貧困化してきているという貧困社会論は世間の常識となったのである。

 海老原氏の貧困社会論批判は、広い射程をもつ。一つには、貧困社会論の大御所である反貧困論の虚構を暴いた点があげられる。椅子取りゲームの前提は崩れた。椅子取りゲームになるような雇用情勢は、大企業就職を希望する若者のプライドの高さによる自己選択の結果である。雨宮氏などのワーキングプア論も一部の現象であり、全体の貧困率とはあまり関係がないことが実証された。
 もう一つは、社会から若者がバッシングされているという「若者はかわいそう論」や俗流若者論批判も虚像であったことがわかった点である。少なくとも雇用面では排除されているわけではないことになる。排除されるのは、ひきこもり系の対人折衝の苦手な若者たちであり、それ以外の大多数の若者は排除されていない。「若者はかわいそう論」や俗流若者論批判などに共鳴する若者たちは、おそらく自らが不登校やひきこもり体験をもつなど、一部の内向的な若者たちであり、そのイデオロギーに基づくものと考えられる。あたかも全ての種類の若者が社会全体からバッシングされていると虚像をつくりあげる後藤氏の俗流若者論批判には注意しておこう。若者の雇用不安とひきこもり系若者の雇用不安は区別されるべきなのである。

 ともあれ、貧困社会論、若者はかわいそう論(俗流若者批判等)などは、同書によってニセ社会問題であることがわかった。高齢化社会問題、学歴社会問題こそが、隠された本当の社会問題だと思う次第である。

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by merca | 2010-06-19 15:26 | 社会分析 | Comments(19)
Commented by at 2010-06-20 13:10 x
なるほど。ケーキはみんなに十分行き渡るだけの数はもともとあるのに、誰もがイチゴの乗っかっている奴だけを我先にと奪い合う結果、いわばイチゴにありつけなかった他の大多数者は「僕はイチゴがいいの!他のはいやだ!イチゴじゃないといやだ!」と永延と駄々をこねている状態・・だと文意は理解しましたが、これは、前の記事にあった「社会階級ごとに家族を通して植え付けられた文化的遺伝子たるハビトゥス」の崩壊の結果だと論宅さんは合わせて主張していると理解してよろしいのでしょうか。つまり、ハビトゥスに代わって高度経済成長期の日本社会の、「いい学校、いい会社、いい人生」という価値観の内面化を幅広く日本人に植えつける事に成功した結果だと。
Commented by merca at 2010-06-26 08:02
宏さん コメントありがとうございます。論宅です。
 高度経済成長期に社会階層を越えて「いい学校、いい会社、いい人生」という文化的目標が人々に浸透し、前世代から受け継いだハビトゥスによる社会的宿命から解放されたという図式については、仮説の段階ではありますが、一応、社会解釈としては成立つと考えています。近代化に伴って必然的に、職業人口の社会移動が起こります。まず、第一段階は、第一次産業から第二次産業への移動により、前期近代社会が完成します。その後、第二段階として、第三次産業への社会移動が起こり、後期近代社会=成熟社会へとうつります。親の職業を子供が継ぐことが崩壊します。社会変動期には、親から無意識に受け継いだハヴトゥスを克服するように迫られ、様々な葛藤が生じます。
 
 
Commented by merca at 2010-06-26 08:29
ただ、「いい学校、いい会社、いい人生」という文化的目標は、社会変動期の価値規範であり、すでに後期近代社会に入った今では相対化されつつあります。後期近代社会=成熟社会では、学歴分断社会となり、社会階層が再固定化しているとの社会分析もあります。下記のエントリーで紹介している、計量社会学者の吉川氏の学説です。
 学歴社会悪玉説という負け組の慰め神話
 http://mercamun.exblog.jp/12107729/
 要するに、非大卒の子供が大学に進学する率が減りつつあるという指摘です。新たな社会階層の構造が新たなハビトゥスを生み出した可能性があります。
 さらに、第三次産業の対人スキル重視の価値規範が非公式にスクールカーストを通して子供たちに内面化し、「いい学校、いい会社、いい人生」という文化的目標を生きるガリ勉たちを迫害しています。
Commented by at 2010-12-16 12:28 x
論宅さん度々有難う御座います。色々参考にさせていいただいておりおす。処で「求人数の母数は減っていない、」とのことなのですが、不況によって実質上は減っているだろうと思われます。そのひとつの理由として、数値的には減ってはいないが実質上は減っている職安やハローワークの裏事情があります。さて、職安側は本来、求人を出している企業の方を優遇しています。景気が良くなり、”売り手”市場状態になると、始めて職安で求人をする会社より、過去に求人を掛けていた会社を優先します。だから、実際には不景気で採用する意図がなくとも、求人募集を掛ける企業が非常に多いです。(ダミー求人)

また、民間の職業紹介や求人情報も、例えば求人誌などではいくら求人がなくとも休刊する訳にはいかないので、定期的にダミー求人を出してくれる企業には、バックマージンを支払っています。

こうしたダミー求人を除くと実質上の求人は、総数の6~7割程度になると思われます。当然この中には労働環境の劣悪なところや、生活保護者への援助金より少ない賃金しか支払わない処も含まれています。
Commented by merca at 2010-12-16 23:24
宏さん 論宅です。お久しぶりです。要するに、厚労省の求人倍率における公式統計が実は信憑性がないデータであるというわけですね。
 その場合、ダミー求人の数についての公式統計を見つける必要があります。ダミー求人が本当にダミーであるためには、どのように調べたらいいのかが問題です。厚労省がダミー求人の公式統計を出していればと思いますが、何か統計があれば教えて下さい。
 それと、好況時・不況時を通じてダミー求人の割合に変動があるかどうかも問題です。もし割合が変わらなければ、過去と母数は変わらなくなります。
 それと、雇用保険のない会社は職安には求人票を出せませんが、土木業員や工員などでも多く有りますので、実質的な求人数はこれをプラスする必要があります。
 最近、「本当は嘘つきな統計数字」という本を読みましたが、統計は解釈を加えてないと実態がわからないということです。
 いじめ統計や虐待統計も怪しいと言われます。全ては定義の問題かもしれません。
Commented by at 2010-12-17 01:58 x
論宅さん度々どうも。さて、「求人倍率における公式統計」の算出方法の中には、このダミーの存在は加味されていません。何も厚労省のお偉いさんでなくとも詳しい人ならこのダミーの存在は知っているだろうと思いますが、私にはお偉いさんがこのダミーを公にするだろうとは思えません。従ってダミー求人の公式統計なんて探しても無駄なのでは、と思います。考えられる理由は簡単です、公式計算方法を改めることに何のメリットもないからです。むしろ改正後にデメリットが生ずる可能性の方が非常に大きいと思われます。理由は色々考えられますが、主にその理由は大きく二つ考えられます。①ここ数年のハローワークの現状をみても分かる通り、正規の専門員を減らしつつ、何の教育も施されていないアルバイトを雇うことで人件費をカットしています。もし改正されれば、ダミーの存在を調査する要員が必要になるばかりか、多大なるコストがかかります。
Commented by at 2010-12-17 02:11 x
理由その②、もし改正されれば必ず求人倍率は現状の算出法で出した求人倍率より倍率が下回る算段になります。すると雇用不安をいま以上に煽り、政府はその民衆の不安対策にさらなるコストの捻出を余儀なくされるという、いわば自ら墓穴を掘る格好になります、結局政府は自らの政治的手腕能力のなさを今以上にむざむざ国民の前にさらけざすわけなのです。政府もこれ以上政治不信を広げたくはないでしょうし、何よりもさらなる雇用不安による少子化の拡大への懸念を担当大臣が見逃しはしないでしょう。
Commented by merca at 2010-12-18 19:25
宏さん 論宅です。
 大学生の大手志向・安定志向について次のような調査があります。
 http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=1026&f=column_1026_007.shtml
 他にも検索すればいくらでも出てきますが、中小企業を避けて、大企業や公務員に殺到する学生側の自己選択に就職できない原因があります。
 そこで、経済界における公共的立場にある日本商工会議所は、下のような企画をしています。
http://www.nhk.or.jp/news/html/20101212/t10015797671000.html
 社員募集の術がない知名度が低く資金力のない中小企業は、学生を獲得するのに困っています。しかし、たかだか1900人しか集まらず、学生の大手志向・安定志向は根強いものがあります。大学生は職安の求人票を利用するのではなく、大学の就職課やリクルート社や毎日コミュニケーションズの情報で就職活動をします。職安の求人票だけでは、就職氷河期の実態を推し量ることができません。つまり、職安のダミー求人票とは関係ないところで大学生の就職活動は行われています。
Commented by merca at 2010-12-18 19:25
さらに、不況で就職難であるという情報が、大学生の大手志向・安定志向をより煽り、大企業に殺到し、内定がもらえず、就職氷河期をつくりだし、そのことが不況だから就職氷河期にになっているという因果連関を人々に植え付け、大学生の大手志向・安定志向を強化するという悪循環が、社会病理学的に観察できます。
 おなじような現象は、石油ショックの時に、トイレットペーパーがなくなるという噂が立ち、人々がトイレットペーパーを買い占めたことにより、本当に在庫がなくなってしまったことがあります。予言の自己成就ですね。学生が不況だから安定性のある大企業に応募し、結果、競争倍率が高くなり、就職できなくなり、就職氷河期が本当になるわけです。
 やはり中小企業について情報収集せずに、椅子の少ない椅子取りゲームに参加するという選択をした学生側に責任があります。
Commented by merca at 2010-12-18 19:27
興味深い記事もあります。
 http://sankei.jp.msn.com/economy/business/101201/biz1012010800002-n1.htm
 企業説明会の各ブースは正しく一つの椅子とりゲームになります。誰もよりつかないブースもあるようであり、そのようなブースにいけば、就職できるかもしれません。
 ただ、企業はコミュニケーション能力のある人材を求めていますので、対人関係が苦手な大学生は、競争倍率が低い企業でも、不採用になると思います。
 これは推論の域になりますが、企業が欲しいようなコミュニケーション能力の高い人材が今の大学生には少なく、コミュニケーションが苦手で対人ストレスに弱いメンへル系の若者は落とされるのではと思います。対人関係に強い魅力的な若者が少ないので、企業が採用しないのも就職氷河期の一つの要因かもしれません。
 鬱系あるいはメンへル系だとわかったら、採用してもいつ欠勤されるかわからず、不安定なので、企業は雇用しないおそれがあります。
 中小企業でも、家族的雰囲気で鬱系などの弱い若者でも受容しますと宣言すれば、大学生が中小企業を希望するかもしれません。心の病を持つ若者は増えていますので、企業も妥協が必要ですね。
Commented by at 2010-12-20 04:44 x
懇切丁寧な説明有難う御座います。(酒の所為で文章が乱れています)ところで学生の大手志向が、安定志向とは別に、スクールカーストの価値意識を内面化したことによる心的葛藤の延長だという風にも考えられませんか?(私、なんか酔って変なこと言っているかもしれません)もし、この内的葛藤が自分が人生の負け組みになることへの恐怖心を著しく助長しているとしたのなら、中小企業は学校でのスクールカースト及びイジメを解決しない限り学生を獲得のは不可能だと思われます。(もう寝ます。お休みなさい)
Commented by Keynesian at 2011-03-02 07:28 x
高卒者の求人倍率低下も同時に起こっていることについては
どう思われますか?

さらに過労死が頻繁に発生するような日本の企業が学生に求める
“コミュニケーション能力”にそもそも問題があるとは思えませんか?

日本よりも労働時間が短いのにも関わらず、一人当たりGDPが高いような国の企業は日本のような採用形態を採っていないはずです。

デフレとそれに起因する需要不足でこれらの問題を説明できるような気がするのですが、それについてはどう思われますか?
Commented by merca at 2011-03-06 19:46
論宅です。
 http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110123/biz11012318070141-n1.htm
 上記のことを指しているようですね。
 確かに高卒者の求人倍率は低下しています。しかし、これも社会責任ではありません。企業は大学で知識を身につけた教養のある人材を求めています。勉強を怠けて大学に進学しなかった本人の自己責任です。倍率的には、大卒になって中小企業の採用面接を受ければ就職できます。
 ちなみに、土木建築業においては、求人が不足しているようです。高卒は、事務職や営業職ではなく、ブルーワーカーになると就職できます。社会は中卒のヤンキー系の若者に土木作業員などの肉体労働を押しつけてきましたが、これからは高卒の若者にもやってもらう時代です。また、過疎農村に行けば、農業ができます。いずれも日本の産業構造の崩壊を防止することになり、国民社会に貢献します。
Commented by merca at 2011-03-06 19:58
 メンタルヘルスを維持するために、重要なことは職場環境です。特に、職場の対人関係が良好でないと、精神衛生に非常にマイナスにはたらきます。例えば、職員間のいじめやモラルハラスメントです。
 そこで、職場の対人環境をよくするために、コミュニケーション能力が必要となります。他の職員の気持ちを理解し、協調性をもって職務を遂行する能力です。頭ごなしに人にいう非寛容的な人物が一度、職場に入ると、職場の対人環境が一気に悪化します。これは一度でも社会人として働いたことがある人は体験していると思います。
 人を傷つけることを平気でいうような堅物の人間音痴が入ってこないように、企業は採用に関してコミュニケーション能力を重視します。他の職場の同僚とうまくやっていくコミュニケーション能力がある人材を採用することで、職場の精神衛生がよくなり、鬱病やパニック障害を減らします。自殺や過労死を防ぐことになります。
 メンタルヘルスに関しては、仕事内容よりも職場の対人関係こそが重要です。
Commented by merca at 2011-03-06 20:10
 確かに、ヨーロッパ諸国のように労働時間が短くても、一人あたりのGDPが高いというのは理想ですね。給料を変えないまま労働時間を短縮することで、余暇時間が増え、消費活動が多くなり、需要が増え、経済が活性化するという方向はありうると考えます。
 現在のところ、私は、ベーシックインカムの導入によって、全ての問題は解決するのではと考えています。貯蓄しなくても食べていけるという生活スタイルが確立されますし。
Commented by at 2011-11-29 20:33 x
俗流若者論批判・モラルパニック まずこれらの使い方・・認識がそもそも違います・・
どっから突っ込めばいいのか・・

ウィキペディア等でモラルパニックや俗流若者論、それら関連項目、
一通り目を通すことをされてますでしょうか・・
色々と単語自体へのメタ的な誤謬が有るようで懸念します・・
Commented by merca at 2011-12-02 23:42
論宅です。
 社会病理学的には、貧困化社会論は、一種のモラルパニックの産物だと言えましょう。反貧困思想に代表される貧困化社会論は、端的に嘘です。貧困化社会論においては、ホームレスやワーキングプアは社会に責任があり、自己責任ではないと考えます。貧困化社会論は、自己責任論を唱えることは道徳的に悪であると思う人々の道徳的アレルギーに基づいているわけです。
 自己責任という現実を受容できない左翼的な人たちの道徳的アレルギーに基づいた言説がネットで溢れており、自己責任説を唱えるとすぐさまに道徳的に悪とされ、集合的非難にさらされ、叩かれます。それは、ブコメの道徳感情むき出しのコメントに見受けられます。科学を相対化すると道徳的に怒り狂うニセ科学批判者たちと似ています。
 ウィキペディアではなく、キツセなどの「社会問題の構築」を本格的に読むことをお勧めします。クレームを申し立てる側の道徳観によって貧困問題も構築されてしまいます。
Commented by merca at 2011-12-02 23:58
 俗流若者論批判については、後藤和智が開発した新種の思想ですが、これは、(事実/物語)及び(若者/年配者)というメタコードに準拠した思想です。俗流若者論批判は、多くのネット論客やブロガーたちにコミュニケートされ、ニセ科学批判と同じく、今や一つのジャンルを確立しています。
 ただし、俗流若者論批判の捉え方は、観察点によって異なり、一義的な意味を与えるまでには成熟化しているとは言えませんし、一つの意味に固定化しても面白くはないので、私は色んな意味で使用させてもらっています。グーグル検索でわかるように私の記事も多くの人に読まれているので、私の使用法が後藤氏のオリジナルよりも人口に膾炙する可能性があるかもしれません。
 まぁ、ニセ科学批判とは何ぞやということが、ニセ科学批判者たちのうちで議論になったことがありましたが、一つの定義に収まらない概念のほうが今後思想として発展可能性があります。
 こういう捉え方ができるためにも、ニセ科学批判を学ぶことをお勧めします。
Commented by 矢田中 at 2016-12-21 06:58 x
不登校者や引きこもり者を悪く言っているように感じました

職業の選択にしても割の合わない仕事なんてやりたがらないのが自然ですよ
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