社会学玄論講義 相対化作法の類型2

相対化作法の類型2

(弁証法)
 弁証法による相対化について説明したい。弁証法と言えば、やはりヘーゲルやマルクスである。しかし、ヘーゲルやマルクスが流行っていた時代があったが、かなり廃れて来たように思える。あまり弁証法を使用するネット論客を見かけなくなった。寂しさを感じるのである。
 簡単に言うと、弁証法による相対化とは、相手の命題と反対の命題を立てることで、相手を相対化するという手法をとる。詳しく言うと、反対の命題を立てて、相手の命題とその反対の命題はともに同等の正当性があり、どちらの主張も正しいという自己矛盾を指摘し、その矛盾を止揚するジンテーゼに導き、相手の説を否定するとともに包含し、より高次の立場に導くわけである。だから、単なる相対化とは話が違うことになる。相手を相対化するものの、ジンテーゼという解決策を示すことで、ニヒリズムに陥ることもない。
 具体例を示そう。「世界は有限である。」という命題を相対化するために、「世界は無限である」という命題を立てる。カントのアンチノミーであるとおり、この二つの命題は互いに矛盾しているが、同等の正当性を主張し、どちらが正しいかわからない。そこで、「世界は生成変化する」という命題を提示することで、有限と無限を止揚することができる。生成変化においては、一瞬一瞬の状態は区別され有限であるが、次の瞬間に別のものに変わることで無限に続いていく。生成変化のエレメントとして、有限と無限があり、有限だけでも無限だけでも、生成変化という運動を説明することはできないのである。かくして、「世界は有限である」と「世界は無限である」という二つの命題は、「世界は生成変化する」という命題によって止揚される。
 ヘーゲルは、同一性と別異性、有と無、善と悪、真と偽などの哲学的な概念は、弁証法によって克服されていくと考えた。このような弁証法は、一般に正反合の過程で形式化される。
 これを科学主義やニセ科学批判を相対化することに応用するとなると、かなり難しい。弁証法は哲学的な抽象概念を相対化する技法であるからであり、かなりレベルを抽象化しないと適用しにくい。適用するとすると、科学やニセ科学批判の根本的前提にかかわる部分だけになる。
 
 例えば、ニセ科学批判者は「事実は一つしか存在しない」(客観主義)という命題を前提とし、ニセ科学の知識が虚偽であると批判するわけである。その場合、ニセ科学批判者の「事実は一つしか存在しない」という命題に対して、「事実は複数存在する」(主観主義)という対立命題を定立して科学を相対化したとする。どちらが正しいかは決めることができず、結局、決定不可能に陥る。そこで、事実は、対象と認識主体の関係性で形成・構成されると考え、同じ認識方法を採用すれば、事実は一つになり、異なる認識方法を採用すれば、事実は異なり複数になるという考え方で止揚する。
 つまり、同じ認識方法で認識すれば、必ず同じ認識内容を生ずることになり、対象についての事実は一つになる。一対一対応となり、客観化される。しかし、認識方法が異なると、事実も異なることになる。対象と認識主体の分離主義ではなく、関係主義をとることで、止揚することができる。認識内容の客観性は認識方法の同一性によって担保されるし、認識内容の主観性は認識方法の別異性によって担保されることになる。かくして、客観性と主観性の対立矛盾は、関係主義によって止揚されるのである。
 ニセ科学批判者は、相手の認識方法が異なることを無視し、事実は一つであるから、自己が正しいとしてニセ科学の主張を批判する。さらに、認識方法が全く異なるスピリチュアルまでも批判するのである。事実を根拠にして、相手を批判する場合は、相手も自己と同じ認識方法を採用している場合だけである。ニセ科学批判者は、しはしば、この鉄則に違反していることがあるので、要注意である。

 さて、以上のように、弁証法は、相手の説に対して反対の説を提示し、相手の説を相対化しつつも、相手の説を取り入れることで、思考を発展させていき、総合的解決へと導くのである。弁証法は、固定化された原理主義とはほど遠いのである。また、「相対性も特定の目的を実現するためにのみ有用」や機能的等価主義などとも異なる作法である。弁証法は対立する考えを総合する運動が目的であり、目的は固定化されているところが異なるのである。世界にある全ての異なる観点を総合へと向けて無限に発展させていくのである。目的が固定化されているからといっても、相手を完全排除するのではなく、むしろ包摂していくところが弁証法の特徴であると言えよう。特定の目的から相手を完全排除するタイプの相対主義のほうがむしろ原理主義になってしまうのである。

 弁証法はポストモダン思想の前に流行った思想であり、日本でも弁証法をうまく使用できるタイプのネット論客をほとんど見かけない。ヘーゲルのドイツ観念論をきっちりと習得したネット論客は少なく、いたとしてもかなり年配であり、つまらぬネット議論からは距離をとっておられることと思われる。若手のネオ・ヘーゲリアンの登場に期待したい。

                                    続く

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by merca | 2010-09-12 12:38 | 理論
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