(目的/手段)という区別の脱構築

 (目的/手段)という二項図式においては、手段よりも目的のほうが時間的にも先にあり、価値論的にも優位であると考えられている。しかし、この二項図式も脱構築されてしまう。
 
 一般に行為の意味は、他者から(目的/手段)という枠組みで解釈され、人々に理解可能なものとなる。つまり、目的が手段たる行為をつくりだすのではなく、行為は他者に解釈されることで、後付けで目的がつくられる。他者に理解可能でコミュニケーションされた行為のみが、社会的事実だとすると、行為の目的や意味はあとでつくられるものである。目的があたかも時間的に先行したと思うのは、一つの錯覚である。犯罪行為の目的や動機が取調べ機関の濾過を経て、社会的に形成されることはよく知られている。行為の意味はあとから付与されるのである。
 
 とにかく、このように手段たる行為が先にあり、手段を条件として、他者の観察によって目的が形成されることになる。コミュニケーションとは、情報、伝達、理解の選択過程であり、特に他者がどのような区別を選択して理解するかが重要なのである。コミュニケーションの事後成立性は、目的と手段の優劣関係を逆転させることになる。
 
 また、(原因/結果)という区別から観察すると、手段が原因となって目的達成という結果を生み出すわけであり、これまた手段が目的をつくりだすことになる。目的は手段に依存していることになる。
 
 実は、何か目的があって手段を選択するというのは、意識システムの次元だけの話であり、意識システムにおいてのみ手段は目的に先行することになる。行為者の意識システムの目的や意図とは別様に、行為は他者による観察によって目的や意味が付与され、コミュニケーションされていくことで、社会的事実となるのである。

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by merca | 2010-09-18 09:01 | 理論 | Comments(0)
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