社会学玄論講義 相対化作法の類型4

(自己言及のパラドックス)
 自己言及のパラドックスとは、相手の準拠する区別そのものに同じ区別を適用することで、相手の言説を決定不可能に導き、その絶対性を否定することである。
 例えば、相対主義者の用いる区別である(絶対/相対)という区別を相対主義にも適用した場合、決定不可能に陥る。相対主義が相対的であれば、相対主義の「絶対的な真理は存在しない」という命題は正しくなくなり成立たなくなるし、相対主義が絶対的であれば、相対主義の「絶対的な真理は存在しない」という命題は絶対的だということになり、矛盾することになる。相対主義の主張は、相対的であっても、絶対的であっても、自己矛盾を起こし、成立たなくなる。原理性相対主義は、このように自己言及のパラドックスを含んでおり、成立たない。
 ちなみに、絶対主義の命題である「絶対的な真理は存在する」という命題は、絶対的であれば、成立つことになり、自己言及のパラドックスは起きない。自己言及のトートーロジーが起きるだけである。片方の項のみに、自己言及のパラドックスが起こることになる。あるクレタ島人がクレタ島人は正直だと言った、という命題は、パラドックスは起きないのである。
 
 科学における反証主義自体に反証可能か不可能かを適用すると、自己矛盾が起きる。反証主義が反証されないとすると、反証不可能な命題となり、科学的に正しくなくなるし、逆に反証主義が反証されうるとすると、反証される可能性があるのだから、完全に科学的に正しくなくなることになる。ちなみに、実証主義には、このようなパラドックスは起きない。

 合理主義の準拠する(目的/手段)図式に(目的/手段)を適用すると、目的それ自体も合理的でなければならず、別の目的の手段であることが必要であり、目的は別の目的の手段として相対化される。しかし、そうなると、目的の目的を無限遡及することになり、究極目的はないことになる。しかし、一方で、合理性が成立つためには、手段を最終的に根拠づける目的が必要となってくる。
 要するに究極目的が存在してもしなくても、自己矛盾を起こし、合理性は成立たなくなる。もし究極目的が存在するのなら、究極目的だけは非合理ということになり、世界は合理的であるという合理主義の命題は破綻する。また、究極目的が存在しないとすると、最終的に手段を合理化する根拠としての目的がないことになり、世界は合理的であるという命題は成立たなくなる。
 また、同様にして、決定論=因果律に因果律を自己適用すると、成立たなくなる。第一原因があってもなくても因果律の世界は成立たなくなるからである。

 社会科学が準拠する合理性も、自然科学が準拠する因果性も、ともに自らの準拠する区別を自己適用すると、成立たなくなり、自己言及のパラドックスに陥ることになる。
 一つの区別に準拠する閉じた形式体系は、必ずパラドックス命題を含んでおり、自身からは説明ができないのである。説明するためには、別の区別から観察していく他ないのである。次回、別の「区別の再参入」を紹介したい。
                                           続く

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by merca | 2010-09-18 23:51
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