つくられる反中感情の脱構築

 他国・他社会の視点・視座から構成された事実を虚構と見なし、自国・自社会の視点・視座のみに準拠して構成された事実に基づいて、他国・他社会を価値判断し、敵国感情を抱くことは、社会病理現象の一つである。
 中国社会は意図的に反日感情を煽る教育をしているわけではなく、中国社会の視点から構成された侵略行為という事実に基づいて自国の歴史教科書をつくっているわけである。この場合、侵略かどうかを決定する権利は被害を受けた側にあり、その視点から事実が構成されることになる。
 例えば、いじめはいじめを受けた者がいじめと思うことでいじめとなるのと同じであり、中国が日本から侵略を受けたというのなら、中国人たちのその思いは真実であり、日本人には否定できない。
 これは、少しでも臨床心理学、犯罪被害者学、社会構成主義を習得したものであれば、手に取るようにわかる原理である。これをわからずに中国を非難するのは、浅学と言わざるを得ない。
 
 一つの出来事は、多様な視点・視座によって、多様な解釈が与えられ、複数の事実が構成され、その事実に対する価値判断として複数の物語が誕生することになる。
 小林よしのりが反中感情を煽っているが、彼は客観的事実に準拠していると思い込んでいる。しかし、その客観的事実たるものこそ曲者である。例えば、同じ食べ物を食べても、ある人はまずいと感じ、ある人は美味しいと感じたりする。同じ物理的対象なのに味覚が異なることになる。しかし、二人とも自身の味覚を事実であると思い込み、言い争い、対立が続くのはナンセンスである。味覚が個人ごとに異なるという感覚の相対性が現実であるということを知っている賢者・相対主義者のみが二人の対立を和解させる視点を提供できるのである。

 出来事は単一であるが、事実は複数存在し、事実に関する解釈も複数存在する。このような人々の認識における相対主義を嫌う科学主義者は多いが、このこと(認識の相対性)は人間の事実認識の本質的構造であり、相対主義が正しいわけであり、それが現実である。
 この現実から目を背け、事実は一つであるという固定観念から、絶対主義的な独断によって、他者批判に至るのが一番怖いのである。相手の視点・視座を理解することで、絶対性の呪縛から解放され、人は寛容になれる。寛容さを欠いた反日・反中感情は愚かである。

 中国人が非人道的であり、利己的であると多くの日本人が思い込んでいるが、これは部分の全体化という認知の歪みであり、日本社会がもつ集団認知の歪み=社会病理現象である。
 まず、中国人が非人道的で利己的であるという人たちに対しては、具体的に中国人を対象とした規範意識の調査をしてみたのかと問いたい。どのような実証的な社会調査を根拠にして、このような認識を構成したのか問いたい。
 共同体の外にある他者に対する利他的行為というのなら、中国人のほうが優れているかもしれない。敵国である日本人の残留孤児を自らが貧困であるにもかかわらず、育てた中国人養父母は極めて人道的・倫理的である。日本人残留孤児を育てた中国人養父母たちは、共同体内部への帰属意識=愛国心のみを強調する小林よしのりよりも、哲学的に見て倫理的である。
 ちなみに、同じように共同体の外部に利他的であった人物は日本人にもいる。自国の命令に違反してまでも、出国ビザを発行しナチスドイツからユダヤ人を救った杉原千畝である。
 中国人であろうと、日本人であろうと、人類は、状況によっては、元来共同体を越えた倫理性を創発する可能性をもっているのである。この倫理性への可能性はイエスの「汝の敵を愛せ」、仏教の「一切衆生悉く仏性あり」という世界宗教の根底をなすものである。他者性の哲学者レヴィナスが追い求めた究極の倫理性である。
 北朝鮮問題も、北朝鮮人民が悪いと思っている日本人は少ないと思われる。独裁制国家というシステムの問題であることを賢い日本国民は理解している。
 
 マスコミや煽動家の煽りに騙されず、つくられた反中感情・反日感情に翻弄されず、敵国感情を捨てよう。ジョンレノンのイマジンを思い出そう。国境がないと全世界の人類が思えば、全ての国家は一瞬にして消滅するのである。社会は、国家であれ、企業であれ、人々のコミュニケーションによって創発された仮象=システムにしかすぎないのである。創発の妙理からしても、原理的にジョンレノンのイマジン思想は、正しい。
 中国人養父と残留孤児の関係、杉原千畝とユダヤ人の関係においては、すでに国家は存在せず、寂滅し、倫理コミュニケーションが創発されているのである。

 事実の相対主義=寛容と倫理の単一性こそが平和をもたらすのである。
 
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by merca | 2010-12-19 10:59 | 社会分析 | Comments(0)
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