「メカニズム論の誤謬」という菊池流科学思想

 先のエントリー「偽薬効果を前提にしたニセ科学批判はニセ科学である。」で一つのことが明らかになった。それは、「メカニズム論の誤謬」という思想をニセ科学批判者たちが共有していることである。
 偽薬効果という現象は、観察されているが、そのメカニズム=因果過程は解明されておらず、科学的根拠はない。しかし、観察されている現象なのだから、科学的に否定できない事実であるという。
 つまり、メカニズムがわからなくても事実として確認されれば、科学的事実であり、メカニズムがわからないから非科学・ニセ科学とするのは誤謬であるという考えである。これを彼らの言葉では、「メカニズム論の誤謬」という。偽薬効果もメカニズムがわからないが、臨床データに基づいて観察される事実なので、科学的事実であるという。
 ニセ科学批判者は、このような論理によって、偽薬効果の存在を肯定する。そして、偽薬効果しかないとしてホメオパシーを批判する。以下の菊池氏の立場にそれは代表されており、このメカニズム軽視の菊池氏独自の科学思想にほとんどのニセ科学批判者は洗脳されている。
 http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1190130520
 ニセ科学批判者たちは、ホメオパシー批判の穏健派と過激派の対立を越えて「メカニズム論の誤謬」という科学思想を共有している。ちなみに、この対立はニセ科学批判が創始者たる菊池氏の手を離れ、一段階思想的に進歩する契機になると期待していたが、残念ながら、やはりニセ科学批判クラスターには、自由性・多様性はなく、菊池教で統一されているのである。歴史上、一つの思想が発展するためには、分裂し、様々な流派ができることが必要なのである。予言しておくが、知識社会学的には、いずれニセ科学批判者に右派と左派が生ずることであろう。

 さて、私は、正統科学を考える上で、メカニズム(因果経路)が解明されていない現象と解明されている現象の差異は、決定的に重要であると考えている。以下、それについて説明しよう。

 過去に天動説=「太陽が地球の周りを回っている。」は、事実として観察されていた。つまり、事実だと人々に思われていた。確かに人々には直接的には太陽が動いているように客観的に観察される。しかし、その事実は嘘であり、後に「地球が自転している」ことが解明された。
 さらに、重要なことは地動説が「太陽が地球の周りを回っている。」ように人々が錯覚するメカニズムも説明できることであった。誤った仮説の誤り方も解明できる説明能力もあるのである。これこそが純粋な意味での科学的事実のレベルである。果たして偽薬効果にこのレベルの説明能力があるのだろうか? 甚だ疑問である。 
 
 単に観察された現象にしかすぎない偽薬効果を科学的事実と呼ぶことは、天動説を科学的事実であると言っているのと同じである。要するに、見たままではないかということである。科学的事実は見たままの現象ではない。メカニズム=因果関係確定がセットになってはじめて科学的事実となる。
 このことにニセ科学批判者は無頓着である。ニセ科学批判者たちは、メカニズムが解明されていなくても科学的事実たりうるという菊池氏の変な科学思想を継承しているのである。

  観察されることが、イコール科学的事実ではない。いくらそれが客観的であってもである。
 もし多くの人に観察されることがイコール科学的事実であるならば、幽霊や超能力もこれまで多くの人が観察してきたのだから、科学的に実在することになる。偽薬効果を認めるニセ科学批判者の理屈からは、幽霊や超能力を認めざるを得なくなる。幽霊や超能力を見た人たちは、自分たちが見たから否定のしようがないと言う。偽薬で治った人がいるのだから偽薬効果も科学的事実であるというわけである。

 偽薬投与で身体への効果が臨床的に観察されるからといっても、「効く薬だと思い込む」ことが身体状況に本当に変化をもたらしているとは限らない。例えば、薬だと思い込むことで、認知に歪みが生じ、身体状況の変化を全て薬の効果と解釈して認知するようになっているのかもしれない。身体状況の変化は自然治癒が原因なのに、それを薬の効果だと認知するわけである。自然治癒を薬の効果であると錯覚しているだけなのである。これは、偽薬効果ではなく、認知不協和理論による心理現象なのである。この場合、効果そのものが嘘であり、心理過程のみで説明がつくので、偽薬効果は否定される。(認知不協和理論については文末の参考欄を参照されたい。)
 偽薬効果が前提とする「効く薬だと思い込む」ことが原因で身体状況の改善につながるという因果関係は疑似相関関係にしかすぎないかもしれない。例えば、たまたま「効く薬だと思い込む」ことがある患者の精神的安定(リラックス状態)につながり、精神的安定(リラックス状態)が自然治癒を促進するという媒介要因が介在しているとすると、「精神的安定(リラックス状態)は病状の改善に寄与する」というのが科学的事実であって、「効く薬だと思い込む」が病状を改善するということは科学的事実ではない。この場合、「効く薬だと思い込む」が原因ではなく、精神的安定(リラックス状態)による自然治癒が病状の改善の真の原因となる。
 偽薬効果の効果は、定義上、直接的に身体的影響効果がある場合にだけ成立つ。心理過程のみの心理現象ではなく、原因たる心理現象と結果たる身体現象の因果関係が実在しなければ、意味がない。「効く薬だと思い込む」ことが精神的安定をもたらす人もおれば、そうでない人もいる。例えば、疾病利得の人は、病気で仕事をさぼりたいと思うので、薬が効いて欲しくなく、治りたくないと思っているので、精神的によけいに不安定になるであろう。
 
 思うに、ホメオパシーで治ったという人たちは、偽薬効果によって治ったのではなく、自然治癒をレメディの効果と勘違いしているわけであり、認知不協和理論による心理過程のみで説明がつくのである。わざわざ身体現象を伴う偽薬効果などという非科学的なものを持ち出して批判する必要もないのである。
 それにしても、偽薬効果は、科学的にメカニズムが解明されていないわけであり、科学的に解明されていない現象を肯定するのなら、幽霊や超能力も科学的に解明されていない現象として同等であり、肯定されなければならない。
 オカルト信者やマニアたちは、幽霊や超能力は、未だ科学で解明されていないだけであり、いずれ解明される可能性があり、科学的に否定することはできないとよく言う。このような言い分に対して、ニセ科学批判者は非常に毛嫌いするが、科学的にメカニズムが解明されていない点においては、偽薬効果も幽霊や超能力と同じなのである。
 「メカニズム論の誤謬」という菊池流科学思想からすると、幽霊や超能力は科学的に解明されていないが、多くの人に観察されているわけであり、科学的事実となるのである。
 メカニズム解明を科学の条件とするかどうかは、個々人の科学観によるものであり、科学の定義をどうするかという科学哲学上の問題であり、誤謬の問題ではない。
 私はメカニズム解明を科学の条件としたい。少なくとも「メカニズムの解明可能性」は必須条件であると考えたい。そもそもメカニズムが解明できないもの=原因のないもの=世界の根源的偶然性は、宗教の処理する領域だからである。

 参考 認知不協和理論
 認知不協和理論とは、複数の情報に意味的整合性をもたせようとする心理作用をいう。薬が効くという情報を信じている人間は、身体状況の変化という情報を薬の効き目だと認知することで、整合性をもたせようとする。
 ホメオパシーを信じている人にとっては、自然治癒をレメディの効果であると認知することが整合性があることになる。さらに、ホメオパシーによって病状が悪化しても、それは好転反応であるという認知をすることで、レメディの改善効果の兆候として認知されることになる。好転反応は、レメディに効果があるというホメオパシーの物語に整合性を持たせるための概念装置である。好転反応は、新興宗教の信者が苦難を神の試練と見なすことと機能的に等価である。
 要するに、病状が改善しても改善しなくても、レメディ投与には効果があるという概念装置をもつことで、ホメオパシー信者は益々ホメオパシーを信じることになるのである。このような社会心理過程は、既存の宗教社会学の新興宗教論ですでに解明されているが、社会科学に疎いニセ科学批判者たちにはあまり論じられていない。宗教社会学という社会科学による知識から、一応、ホメオパシー批判をすることは可能である。しかし、批判の目的を正当化する立場自体(通俗道徳)が正しいとは限らない。

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by merca | 2011-01-30 00:11 | ニセ科学批判批判
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