社会学の科学力

 社会学は役が立たない学問であるとよく言われている。その科学性が未熟である故に、実学になり得ないというのである。この考え方に少し待ったをかけておきたい。というのは、科学の公準の一つである予測性という意味においては、かなりの精度をもつ理論があるからである。
 社会学について、予測性を語るのなら、大凡、四つの次元に分けることができる。

   1 行動(コミュニケーション)の予測性
   2 社会構造の変動の予測性
   3 価値意識の変動の予測性
   4 社会階層におけるライフコースの予測性

 行動の予測性はコミュニケーション・システムに対応し、社会構造の変動は社会システムに対応し、価値意識の変動は意識システムに対応し、ライフコースの予測は社会階層システムに対応している。簡単に言うと、人がどのように動くか当てることができ、社会がどうなるか当てることができ、人々がどう考えていくようになるのか当てることができ、人がどのような人生を歩むのか当てることができるということである。

1 社会学における行動の予測性について
 社会学は、様々な社会理論を使うことで、人の未来の行動を当てることができる。
 ある人間がコンビニに行き、商品をレジにおき、店員にお金を渡したとする。社会学からは、店員の次の行動は予測ができる。店員はその人を客として認識し商品を渡すことになる。また、警察官が赤信号なのに通過している原付バイクを運転している若者を見つけたとする。社会学からは、警察官が原付バイクを運転している若者を捕まえにいくことは予測できる。
 前者の売買行為については、合理的選択理論や権力の予期理論によって説明ができる。もし店員が代金を支払った客に商品を渡さないのなら、店員は客から訴えられ店長から怒られ解雇される可能性があるので、商品を渡すという行動にでるわけである。商品を渡さずにお金だけもらうという行動は選択せずに、商品を渡すのである。後者の警察の取締行動については、パーソンズの役割理論から簡単に説明がつくことになる。違法行為を取り締まることが警察官の役割内容だからである。

 一般に誰がどんな社会状況で誰に対してどんな行動したかを代入することで、その行動に対する反応行動を予測することができる。しかし、よくよく考えると、基本的に人々の自己選択・自由意思という偶然性からコミュニケーションが創発されているにもかかわらず、このような必然性が生み出されていること自体が一つの妙なのである。そこで、社会の必然性そのものも、つくられたものであるという観点を社会学はとる。社会の偶然性から社会の必然性をつくりだす装置のことを、物象化という。物象化は、貨幣、真理、権力、愛などの一般化されたコミュニケーションメディアというかたちで作用する。

 秩序が乱れている不安定な社会では、売買行為も警察の行為も、より不確定となり、必然性の度合いが低くなり、人々の行動予測が困難となるが、秩序が安定化した社会では、必然性の度合いが高くなり、人々の行動予測が可能となる。ルーマン社会学では、偶然性を低くすることを複雑性の縮減という。
 要するに、社会の安定性によって、予測性は変わってくるわけであり、社会学の予測能力という科学力も、各国民社会の状態ごとによって異なり、相対的なものなのである。自然科学の絶対的な予測能力とは異なる訳である。ただし、物象化装置そのものの作動の度合いは社会学のみが分析しうるのであり、国民社会ごとの社会診断は可能である。一般に、より近代化した社会すなわち機能分化した社会ほど、社会の必然性は高まるのである。
 もし日本社会でいうのなら、どこの地域のコンビ二においても、お金を支払えば、商品を渡すという行動が予測できるのである。金を支払う=原因が商品を渡す=結果は、必然であり、誰でも予測できるのである。社会学者のみならず、一般市民も他者の行為を予期することができ、社会は回っているのである。しかし、このような社会法則は単に維持されているにしかすぎないことを忘れないのが、社会学者が専門家である所以である。
 ちなみに、ジョンレノンがイマジンで、国家も人々の思い込みで維持されているにすぎないと喝破したのは驚くべきことである。イマジンは、再帰的近代化意識による社会学的啓蒙の一つである。

2 社会構造の変動の予測性
 社会構造とは、社会階層、国家、市場、組織体、家族、地域共同体などの一定の関係を指し、その関係の変化を予測できるかどうかが、社会学の科学力が問われるところである。社会変動論の中核は、近代化論である。近代化しつつある社会は、近代社会特有の構造をもつことになる。例えば、近代化が進めば、家族形態は、三世代家族から核家族になり、家族は生産ではなく、消費の単位となる。このような構造上の変化は、マクロ社会学的に予測可能である。社会学の近代化理論からすると、近代化しつつあるアジア社会の変化は予測できる。マルクス主義の社会変動論よりも、社会学の社会変動論のほうが、明らかに科学的なのである。

3 価値意識の変動の予測性
 人々の価値意識がどのように変化していくのか予測するのも社会学の役目である。基本的には、これも近代化理論によって予測可能である。自由や人権感覚の価値意識、男女平等の価値意識、民主主義を肯定する価値意識、個人主義などの価値意識が人々に内面化していくのである。近代化しつつあるアジア社会の価値意識の変化はこのように予測できる。

4 社会階層におけるライフコースの予測性
 ある特定の社会階層に生まれた者やある特定の学歴を取得した者が、どのような社会的地位につくのか予測できる。これは、ブルデューのハビトゥス論、文化的再生産論によって予測可能である。例えば、日本社会では、建築作業員のヤンキーの子は、学校で勉強ができなければ、ヤンキーになり、やはり建築作業員等のブルーワーカーになる。このような文化的再生産は頻繁に起っている。小学校の先生が家庭環境と本人の生育歴から類推してヤンキーの子がヤンキーになることを当てることができるのはそのためである。親の社会階層と家庭環境、それに能力と学力を掛け合わせると、大凡、その人が背負っている社会的宿命を予測でき、職業選択を含めたライフコースを予測できるのである。

まとめ
 臨床社会学の分野では、おそらくもっとも行動予測力が高く一般化できる実学は、やはりパーソンズの行為の準拠枠か宮台氏の権力の予期理論である。心理学理論よりも人の行動を予測できる科学力があると考えられる。宮台の権力の予期理論は、正確な個々の変数を代入することで、個人の行動を予測することができるのみならず、社会生成のメカニズムを同時に解明しているところに素晴らしさがある。宮台氏の権力の予期理論は、社会学における相対性理論と言っても過言ではない。

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by merca | 2012-03-04 11:18 | 理論 | Comments(2)
Commented by muno at 2013-02-16 23:39 x
>社会学は役が立たない学問であるとよく言われている。
たしかに哲学の次に役に立たん学問ではあるな。
Commented by telomere at 2014-03-04 12:58 x
理屈上ではそうかもしれませんが、社会現象を予測するのは、社会学であってもかなり難しいと思いますよ。詳しくは、金子・長谷川編『講座社会変動 社会変動と社会学』に掲載されている佐藤嘉倫先生の論文を読まれるとよいと思いますが。。
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