内海医師の精神医学批判への批判は、ニセ科学批判批判となる!!

 私は、先のエントリーで、内海医師の精神医学批判がニセ科学批判であると認定した。その理由は、以下のとおりである。

 理由
 内海医師のいう精神医学(薬物治療)はニセ科学の定義に合致している。そして、内海医師はそのような精神医学に対して批判を行っている。それ故、内海医師による精神医学批判はニセ科学批判である。

 私が採用するニセ科学の定義は、第一世代のニセ科学批判者たちが作成した定義に基づいている。
 「ニセ科学批判まとめ%作成中」
 http://www39.atwiki.jp/cactus2/pages/14.html
 同サイトの定義によると、

条件その1 
「科学でないもの」のうち、反証可能なだけではなく、すでに反証されてしまっているもの (間違った科学)に該当する。内海氏の指摘に従えば、精神医学における薬物療法の根拠であるセロトニン仮説は、すでに否定された仮説である。

条件その2
「科学を装っているもの」にも該当する。次のうちに一つでも該当すればよいという。

1 情報の発信者が科学だと誤解させる意図を持っているもの。
 
 通常、近代医学は科学であるが、近代医学の1部門として精神医学が存在することになっている。大学に精神医学という学問が科学として存在している。
 薬物療法の根拠であるセロトニン仮説が間違った科学であるにもかかわらず、多くの医者がそれが科学的に正しいと宣伝している。医者自身が間違った科学だと思わずに科学と思って誤解し、その誤解に基づいて患者に指示する。社会ぐるみの誤解であり、「精神医学は科学である」というのは迷信と機能的等価である。

2 通常の理解力と常識をもってしても科学であると誤解しうるもの。
 
 医学を知らない一般人は、当然のごとく、精神科医の治療が科学的根拠に基づいていると信じているわけであり、だからこそ精神状況に変調を感じたら精神科医を訪ねる。

3 実際に誤解した人が無視できない数存在すること。
 精神病患者の数だけおり、その数は膨大である。

 このように「ニセ科学批判まとめ%作成中」というニセ科学批判者たちのバイブルに従うと、精神医学の薬物治療は、条件1と条件2に該当し、ニセ科学ということになる。セロトニン仮説に基づいて投薬治療を患者にすすめることは、間違った科学であることがわかった後も「間違いではない(可能性がある)」と強弁していることになり、ニセ科学となる。

 しかし、このように内海氏の精神医学批判がニセ科学批判に該当するにも関わらず、どうやらニセ科学批判クラスタにとっては、ニセ科学批判として見なすことに反対であることが明確になった。私が考えるに、それは以下のような理由によると考えられる。

1 ニセ科学批判認定権の独占化

 社会コミュニケーション論的には、今回の精神医学批判=ニセ学批判であるという発見が、ニセ科学批判批判者である私こと論宅を介して発せられたことにより、先入観を持つニセ科学批判クラスタたちが拒絶反応を起こし、同調しなかった。
 もしこれがニセ科学批判顧問の菊池氏やニセ科学批判クラスタのリーダーのNATROM氏から発せられたのであれば、すぐさまニセ科学批判として認定され、幅広く流布し、ホメオパシーどころではなくなり、内海氏の精神医学批判活動の追い風となったであろう。
 社会心理学におけるコミュニケーションの二段の流れ説からすると、オピニオンリーダーの解釈評価に左右されることになるわけである。つまり、何がニセ科学であり、何がニセ科学批判であるかという認定権は、ニセ科学批判クラスタのオピニオンリーダーたちに握られているのである。その意味で、様々な論者が自由にニセ科学批判をする権利はなく、ニセ科学批判の自らの思想的可能性を狭めている。
 ちなみに、あまり知られていないが、実は、私もニセ科学批判をしたことがある。バクスター効果、人工意識に対するニセ科学批判である。

2 ニセ科学批判はいつも正しくなければならないという固定観念。

 科学が間違うことがあるのと同様に、ニセ科学批判も間違うことがある。間違ったニセ科学批判もニセ科学批判である。(内容/形式)という区別に準拠していうと、非科学であるにもかかわらず、科学を装うものを批判するという形式的定義に合致すれば、ニセ科学批判となる。仮に内容的に内海氏の精神医学批判が間違っていも、形式上、ニセ科学批判となる。
 はなからニセ科学批判は内容的に無誤謬であるべきであるという必要はない。民主的に、議論の上、結論を出せばいい訳である。ニセ科学批判クラスタたちが、はなから自己のニセ科学批判は正しくなければならないという固定観念があるために、自分たちが間違っていると思うニセ科学批判を排除してしまっている。内容が間違いであろうがなかろうが、形式的・手続き的にはニセ科学批判であれば、内容はあとの問題なのである。
 ニセ科学批判が絶対主義だと批判を受けるのは、このような理由にもある。正しくなくても、ニセ科学批判に分類されるものをニセ科学批判として組み込む包容力にかけているのである。

3 ニセ科学批判クラスタのニセ科学批判の目的は、既存の科学的権威による秩序維持であるため。

放射能被害についてニセ科学批判クラスタは、放射能安全を強調する側=原子力安全神話側にたっている。つまり、真摯な科学を捨てて、既存の社会秩序が壊れてパニックにならない方向を応援する傾向にある。既存の社会秩序維持のために必要な学説を防御しようとしている。早川教授は、次のようなエントリーでその本質を射抜いている。
 ニセ科学批判運動の真の目的
 http://kipuka.blog70.fc2.com/blog-entry-508.html
 同じく、既存の薬物治療を中心とする精神医学の科学性が否定されると、これまでの精神医学の科学的権威が崩壊し、精神医療の世界の秩序が乱れ、パニックを起こすおそれがある。そのような反体制的な精神医学批判をニセ科学批判として認めることはできないわけである。だから、これまで否定しても社会的影響のほとんどないカルト傾向のあるトンデモ学説がニセ科学批判のターゲットになってきたのである。内海医師のように巨大な科学的権威に反抗する勇気はない。
 
 結論をいうと、ニセ科学批判クラスタは、内海氏の精神医学批判を批判することで、ニセ科学批判批判をしていることになるである。ニセ科学批判者はニセ科学批判批判者に変貌することがわかった。
 形式に準拠する私のようなニセ科学批判批判者とは異なったかたちで、内容に準拠してニセ科学批判批判をしているのである。自らがニセ科学批判批判者となっていることに、ニセ科学批判クラスタは気づいていないのである。

追加
 平成25年2月10日現在で「ニセ科学批判」というワードをグーグル検索したら、社会学玄論がトップに出てきた。すでに、ニセ科学批判に最初に興味をもった人たちは私のブログをまず閲覧することになる。皮肉なことであるが、これで新しいタイプのニセ科学批判の流派が誕生するかもしれない。

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by merca | 2013-02-09 11:25 | ニセ科学批判批判
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