共同体の定義

 共同体の空洞化とか言われているが、そもそも共同体とは何かという定義は曖昧である。
 国家共同体とか言う場合もあり、国民社会の行政組織である政府までも共同体と呼ばれることがある。前近代社会における村落共同体と言うのは、非常に分かりやすい。家族も共同体の範疇に入ることがある。共同体は、コミュニティの訳である。
 
 そこで、まず、創発論的社会観から共同体がどのような区別に基づいているのか考えたい。簡単に言うと、共同体とは、(共有している/共有していない)という区別に準拠していると考えられる。例えば、生活環境を共有していることで地域共同体が定義され、愛情と衣食住を共有していることで家族共同体が定義され、教育環境を共有していることで学校共同体が定義されることになる。何を共有するかによって、共同体の種類を区別できるのである。
 共同体では、その成員が互いに何を考え、どんな感情を抱いているのかわかり、共感しあえる関係にある。基本的には、共同体内コミュニケーションは、透明性が高く、期待外れなコミュニケーションは起こりにくい。

 ちなみに共同体と連続した集団現象として、場の雰囲気やノリというものがある。ゴフマン社会学に準拠して、これを状況と呼びたい。これも、(共有している/共有していない)という区別に準拠して刹那的に発生する。状況を共有しているものどうしは、同じ場にいると感じるわけである。しかし、状況は、共同体というよりも、まだ共同性のレベルである。職場や学校で自然発生する仲良グループは、状況の積み重ねを共有することで自然に出来上がった集団であり、こうなると共同体と呼べると思われる。従って、共同体足り得るためには、さらに(仲間/仲間でない)という区別も付加する必要がある。
 
 ここで厳密に定義すると、

 共同性・・・(共有している/共有していない)という区別に準拠 
 共同体・・・(共有している/共有していない)と(仲間/仲間でない)という区別に準拠

 共同体内コミュニケーションは、(共有している/共有していない)という区別に基づいて連接していく。しかし、システム内コミュニケーションは、共有とは関係ないコミュニケーションで連接していく。例えば、売買コミュニケーションなどは共有とは関係ない、経済システムにおけるコミュニケーションである。


 
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by merca | 2007-01-04 01:01 | 理論
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