中間集団全体主義について

ニュースタート関西という、前衛的なひきこもり支援団体の掲示板に、私はコメント屋として、よく出現し、コメントしています。閉鎖社会について、その代表の方が述べておられたので、内藤朝雄氏の名著「いじめの社会理論」の観点を応用し、その再構成を試みました。

    放浪の社会学コメント屋・論宅のコメント  

 西嶋さんが言われている閉鎖社会というのは、中間集団全体主義社会と同義だと考えられます。これは、社会学者・内藤朝雄が、「いじめの社会理論」で提唱した有名な理論です。
 
 社会学では、家族と国家の間に存在する集団や組織を中間集団と呼びますが、学校、会社、宗教団体、労働組合やNPOなどがこれにあたります。これらの集団に個人が一面的所属・強制加入(離脱不可能性)させられてしまう現象を中間集団全体主義と言います。要するに、中間集団が全体主義化するわけです。中間集団全体主義に蝕まれた集団では、個々人がいくら善良であっても、いじめや差別という社会病理現象は生じます。ちょうど、普段は善良な日本市民が、戦前、国家社会が全体主義化したとたん、朝鮮人を差別・迫害したように・・・。
 そういう意味からも、いじめを個々人の内面的な道徳や心の問題に還元しようとしても無駄です。全てが善人からなる社会でも、社会の在り方が中間集団全体主義であるのなら、いじめは生じるであろうし、善良(道徳的)であればあるほど、差別をすることになるでしよう。「いじめをやめよう」というスローガンを心の教育や道徳教育として子供に伝えるだけでは意味がありません。1人1人の心が変われば、社会も変わるという綺麗ごと=方法論は、嘘です。社会は個人の心に還元されませんから。
 今、学校に必要なのは臨床心理士によるカウンセリング的管理ではなく、中間集団全体主義=閉鎖社会をいかに解体化するかという社会学的知識に基づく社会政策・社会革命だと考えられます。
 臨床心理士の登場によって、社会病理が生徒の心の問題にすり替えられるおそれがあります。心理学の出番ではなく、社会学の出番だとわかって欲しいです。同じく、ひきこもりの問題もカウンセリングと別次元です。今、いじめを受けた若者やひきこもりの若者がカウンセリングなどの心理学的知識に興味をよせる傾向にありますが、早く「心理学化社会」のトリックに気付いて欲しいです。
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by merca | 2007-01-10 22:01 | 他ブログコメント
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