身・口・意の三業

 社会学から離れるが、仏教には業思想というのがある。これは、自己の行いが自己をつくるという発想である。コミュニケーションがコミュニケーションを自己産出するというオートポイエーシスの発想と軌を一にする。着目すべきは、業つまり行いを三つのレベルに分けていることである。身=具体的行為、口=言語行為、意=思考の三つである。この区別は、演じること、語ること、思うことの三つに対応している。自己はこの三つのレベルでつくられるのである。さらに、思うことは心理学的構成主義(あるいは構造構成主義)、語ることは社会構成主義、演じることは創発論的社会学に対応するのである。
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by merca | 2007-02-23 00:48 | 理論 | Comments(0)
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