オンリーワン思想の差異論的限界

 世界に自分は自分1人しかいなく、取替えのきかない尊い存在であるという思想がある。これをオンリーワン思想という。アンチ競争社会の対抗思想として強い力をもつ。社会のアイデンティティゲーム=競争によって獲得した自己概念は、この唯一の自分という実存からすると、とるに足らなく、相対的なものである。この思想によって競争社会の負者のレッテルから自己を無害化できる。
 「私は東大卒である」という自己概念を所有する学歴社会の勝者から「お前は高卒だ」という差別的言明を受けても、このオンリーワン思想によって駆除できるわけである。オンリーワン思想は、多くの不登校系・ひきこもり系の若者の思想的支えになってきた。それ自体、悪い思想ではないばかりか、哲学的に言うと、実存主義や他者論の系譜にも位置する。

 しかし、オンリーワン思想が、ニヒリズムをもたらすことはあまりよく知られていない。オンリーワン思想を採用したのはいいが、さてそれから先はどうしたらいいのかわからず、何をしても同じだから何をしても意味が無いと考える不登校系・ひきこもり系の若者も出てきた。
 オンリーワン思想がニヒリズムに陥るのは、原理的に大きな落とし穴があるためである。オンリーワン思想の準拠するコードは、(自/他)であるが、これは非対称的区別であるため、自己はいつまでたっても、定義されず、明確に定立できない。つまり、他者の否定が自己であり、自己の否定が他者であるという明確な定義が成立たない。なぜなら、他者は無数存在するために、ある他者の否定が自己だけではなく、別の無数の他者も含むことになり、自己は定義されないからである。また、自己の否定は、無数にあるどの他者も含み、具体的な唯一の他者を完全に定義したことにならない。このように(自/他)の境界は不安定・無限定である。他者一般なるものは実在せず、具体的に実在するのは、個々の無数にいる唯一の他者たちだけであるからである。
 そこで、自己は、自己の定義=アイデンティティを明確化するために、他者一般なるものをつくりだし、自己を明確化し、意味を獲得していく。他者一般との比較によって獲得した自己とは、対称的区別に基づく自己概念のことである。社会的自我である。人々が社会的自我を欲しがるわけがここにある。自己定立のためには、社会的自我が必要なのである。

 オンリーワン思想が自己を定義できずニヒリズムに陥る原理的説明は上記のとおりであるが、実践のレベルではオンリーワン思想もニヒリズムに陥ることを防ぐことができる。そればかりか、そういう関係性は恋愛や家族関係や友達関係には必要である。
 自己の意識の中だけで思想として「世界に唯一の自分」と観念するだけでなく、自由意思をもつ誰か1人の他者と実際に関わり、コミュニケーションをとることで、自己は明確化できる。唯一の他者と関わることで自己との差異・境界を実感でき、自己は安定性を獲得できる。
 否定されるべきは、観念的なオンリーワン思想である。観念的なオンリーワン思想に安住するかぎり、人はニヒリズムに陥るのである。競争社会からの解放思想としてのオンリーワン思想は実践されないと意味はないのである。
[PR]
by merca | 2007-04-08 10:29 | 社会分析
<< システム論の欠点 再参入の形式 >>