真近代社会


 久々にシステム論ではなく、弁証法で近代社会を記述してみたい。
 
 前期近代社会は、包摂型社会であり、人々を同一化・包摂化していく運動として記述できる。これを包摂の弁証法と呼びたい。
 後期近代社会は、排除型社会であり、人々を差異化・排除化していく運動として記述できる。これを排除の弁証法と呼びたい。
 さらに、前期近代社会と後期近代社会の止揚として、同一化・包摂化と差異化・排除化を同時に行っていく運動として記述できる社会を想定できる。これを循環型社会と呼び、近代社会の構造的完成形態たる真近代社会と呼びたい。

 後期近代社会たるポストモダン社会は、そのうち終焉を告げると予言しておこう。
 
 真近代社会の登場によって、多様化や流動性は問題でなくなる。そもそも多様化は前期近代社会の同一化・包摂化の対立物であり、その反動として起った。大きな物語の凋落を意味する。また、流動性は、共同体的固定性の反動として起った。多様化や流動性は前期近代社会の価値観からの解放を意味する。しかし、今度は過剰な多様化と過剰な流動性からの解放を目指す運動が必要となる。もはや前期近代社会にはもどれない今、多様性と同一性、固定性と流動性の四つのファクターを止揚する社会が求められる。それが真近代社会である。

 真近代社会を貫通する同時的弁証法を提示しておきたい。
 その範囲は可能態としては世界すべてを含むが、その都度の現実態としてはやはり一定の境界線をもつ。何ものかを境界線の内に入れると同時に何ものかを外に出すことで、境界性は常に変動する。同一化と差異化、包摂化と排除化を同時に行うのである。
[PR]
by merca | 2007-04-22 23:09 | 理論 | Comments(0)
<< 多様性の受容 エリート論批判 >>