環境に同一性はない。

 
 システム論の準拠する(システム/環境)という区別がいかにして可能か検討したい。端的に言うと、システムと環境の境界は、システムと環境だけでは説明がつかない。システムと環境の区別は、要素となりうるもの=複数の主語的存在どうしの関係によって説明される。

 実は、(システム/環境)の区別は(自/他)あるいは(内/外)という区別と論理的には同じである。環境には、他の複数のシステムや要素などが存在しており、それらをシステムの外にあるものとして一般化してしまっている。自己の外には、複数の他者がいるが、それらを他者一般としてひと括りにするのと同様である。(システム/環境)は擬似二項関係である。本来、境界や区別とは、何かと何かの境界や区別であり、システムに同一性があると仮定できても、環境は同一性のある1つの存在ではないので、何と区別されるの何には該当しない。システムと環境を比較・区別することはできない。
 一方、要素に個別性や自律性があるのなら、要素と要素との区別としてシステム/環境の区別は記述できる。要素をシステムの内外に振り分けることでしか、システムと環境の区別は確定できない。ちょうど、集合の集合特性が要素間の共通性によって定義されるのと同じである。

 システム論が成り立つためには、無記の要素つまり複数の絶対主語を必要とするのである。環境は同一性のある実体や存在ではないので、システムの同一性は環境との差異、区別、境界によって担保されるのではなく、要素間の同異関係を最終的な根拠とするのである。逆に言うと、要素間の相互作用や相互観察によって、創発されたものがシステムである。

 (しかし、要素は常に何かあるシステムの要素であると定義されるわけであり、無記の要素を想定することは可能かという問題が出てくる。要素の同一性はシステムの同一性によって付与されるというわけである。システムと要素の同時発生という問題である。要素である指し示しが指示空間=システムを創発するという機制である。)
  
  
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by merca | 2007-05-06 09:47 | 理論
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