世界論

 世界とは、一切と一切の関係そのものである。従って、世界には、出ることも入ることもできない。決して、世界の外にいかなる存在もでることはできないのだ。内と外の区別なき、絶対無限、これが世界と呼ばれるものである。世界は、有限と無限の区別すらもたない無限集合である。

 一切の存在が世界に置かれている。世界に置かれることなしに、一切の存在は存在しえない。従って、世界の中では、一切の存在は生じることもなく、滅することもない。永遠不滅である。

 我々に見えている世界は、世界の一部でしかない。世界の全ては決して認識されえない、不可視である。なぜなら、その外に出ることは不可能だからである。世界の一部、一領域しか認識できない我々の意識は、有限である。ある存在が無に帰すとは、ある存在が世界の一領域から別の領域に移動し、我々の認識から消え去ったことをさして言う。ある存在が生じるとは、ある存在が世界の一領域から別の領域に移動し、我々の認識に立ちあらわれたことをさして言う。ある存在の生成消滅あるいは生死は、単なる世界内部での移動に他ならない。決して、世界から出たわけでない。

 我々は、認識することなしに、我々自身が存在していることを知っている。認識以前のこの知を、意識作用以外の仕方で、我々は獲得している。我々は自分が存在していることを決して認識できないが、存在していることを知っている。それは、存在することがそのまま知であるような知である。存在と知の絶対的一致は、我々が存在していることのうちにそのままある。全ての存在者が覚者であり、一切の支配者、主役、中心である。一切は悉く一切のままで一切に対して平等である。一切がそのままで唯我独尊である。

 人間にとって最初で最後の信仰とは、無限なる世界のうちに存在しているということを明確に自覚することに他ならない。この自覚が、一切の恐れをあるがままのものとして相対化し、無害なものとする。
 
 恐れる事勿れ、一切は一切のうちに一切を得え、一切が尊く、永遠不滅である。

            セントゴラス・ドン・ティオス
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by merca | 2007-05-07 21:49 | 理論
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