少し重要なポイント

 過去に私の書いたエントリーです。
 http://mercamun.exblog.jp/6629358/

 科学は手続きや方法にそのアイデンティティがあるという考えもある一方で、原初的には人々の主観や意識を越えた自然という動かざる存在に対するリアリティに基づいているとも言えるかもしれない。以下の天羽さんのコメントは、そのことを表現していると思われる。
「仮に「今の科学を絶対視」している人がいて、それをやめることにしたとしても、酸素と水素を混ぜて火を付けりゃ爆発するという自然現象には何の変化も無いでしょうね。」「思い通りにならない自然の、都合の悪い真実と向き合う心の準備が出来た人にしか、科学は受け入れられないんですよ。」
 
 私は、このような真理観を物理的リアリティと表現した。自然科学の起源である物理的リアリティは社会や文化を越え、イデオロギー論には還元されない。物理的リアリティは、(意識/存在)というコードに基づいている。ちなみに、社会を物理的リアリティで捉えればマルクス主義のような社会観になる。

 そういう意味からすると、(自然)科学のアイデンティティを手続きや方法だけで定義してしまうと、社会科学(社会学等)が準拠する社会的リアリティに足をすくわれる危険性がある。科学というものが人々の合意に還元されてしまうおそれである。疑似科学であるかどうかは、我々人間が決めることではなく、最終的には自然という動かざる存在が決めることかもしれない。
 科学と疑似科学のグレーゾーンがあるというのは、自然の複雑性のためかもしれない。まだ、この点はよくわからない。
 (議論がメタかもしれませんが、菊池先生のコメントからもヒントを得ました。)
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by merca | 2007-08-23 22:05 | 理論
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