ニセ科学流行は社会病理現象か?

少し違う切り口を提起してみたいと思います。

 ニセ科学流行は社会病理現象か?
 もちろん、ニセ科学が流行っているという前提で話を進めます。社会病理学の対象になるかどうかということですが、社会病理学の対象として扱うためには、それを社会病理かどうか判定する基準が必要になります。法律学的には、ニセ科学は犯罪化できるのかという問題とも絡んできます。
 一般に、社会病理現象とは、差別問題、ジェンダー問題、虐待問題、犯罪、非行、不登校、ホームレス問題、DV問題、いじめ問題、モラルパニック等があげられ、その対象となっています。あの有名な内藤氏や本田女史も社会病理学会にいるようです。個人的には、生粋の社会構築主義者の中河氏が好きです。

 社会病理とそうでない区別は、これまた疑似科学とそうでない科学を分別するよりももっと曖昧で、グレーゾーンどころではないです。(笑)

 個人的には、一応、人間が生きていく上で生活障害をもたらす社会現象を社会病理であると考えています。それが社会の制度、社会意識、伝統、知識体系の在り方、共有する価値規範等、何にあるかは多様ですので、原因を一義的に定義するのは困難だと思います。

 社会病理の基準そのものが特定の社会によって作られたものであるという自己言及的構造をもってます。従って、社会学は自己言及理論になる他ないわけです。社会学を社会学するという私のブログの趣旨はここにあります。一つの学問が自己を対象できるかどうかは大きな問題です。この問題に一番敏感な学者をあげるとしたら、ルーマン研究家の社会学者・三谷氏です。自然科学は、人倫社会を離れた自然という不動の存在にその脱出回路があるから、自己言及的構造をもたなくて済みます。ただし、疑似科学批判は、実践論としてではなく、科学哲学論としては、科学自身の自己認識(自己言及)という側面はあると思います。

 ニセ科学が被害というかたちで現実に人々に生活障害をもたらしているのなら、社会病理として観察できるとは思います。 
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by merca | 2007-08-26 11:36 | 社会分析 | Comments(4)
Commented by merca at 2007-08-26 19:19
 論宅です。比ヤング様 指摘ありがとうございました。
 追加を訂正しておきました。菊池さんは、批判のための批判としてやっている人は少ないという意味のコメントをしているだけでした。啓蒙のためにもなるという言説は、別の人が菊池さんを評価していたことだと思います。それと勘違いしていたようです。コメントが多くなり、少し整理がつかなくなっているようです。すみません。
Commented by merca at 2007-08-26 19:19
 再度、追加です。
 社会病理現象だからニセ科学批判論者は、ニセ科学を批判しているのでしょうか? 真理のためでしょうか?科学の同一性を保ちたいからでしょうか?あるいは、学者どうしの競争のためでしょうか?
大衆がどう受けとめるかは今後の経過を見ないとわかりません。
Commented by merca at 2007-08-26 20:48
論宅です。
「擬似科学そのものがすぐれて社会学的な問題のはずなのですね。」という菊池さんの指摘を受けて、上記エントリーを出しました。社会学の立場から、ニセ科学流行あるいは疑似科学流行を扱うとどうなるのか? どの分野の社会学にそれが可能か考えいきたいです。確かに、個々のニセ科学を事例対象としないと、まずは実証性をもたないでしょうね。キッセを中心とする社会構築主義の立場(社会問題の社会学)からは、社会問題は社会問題として摘発する側がいてはじめてつくられるので、批判する側と批判される側の相互作用を対象として、どうしてもニセ科学流行を分析する羽目になってしまいます。ニセ科学批判者の準拠する区別も考察する必要性があるわけです。逆説的ですが、ニセ科学批判者がニセ科学流行をつくったという言い方も可能になってしまいます。しかし、別の社会学からは、ニセ科学批判者と分離して、ニセ科学流行についてだけ単独に扱うことも可能かもしれません。
Commented by HIGASHI at 2010-03-18 01:54 x
現代だから「疑似科学」と呼ばれるのであり、それは「迷信」としていつの世でも存在していると思う。迷信はいつの世でも時代の「旬」であり、もっともらしいものである。妖怪の存在でさえ、今はコミカルなものとなっているが、昔は、神隠し現象でさえ、「神秘」であった。(現代 では 「拉致事件」などとして報道され認識されている。)そして現代では科学を題材とした「迷信」が起こっているのである。しかし共通に存在する物は唯一つ「人間の生への執着」と「死への恐れ」である。だから、活性酸素やマイナスイオン・・・非常な現実を超えて伝わる「波動」のようなおとぎ話を人間は作り出せるのだと考える。ニセ科学は、おそらく手を変え品を変え、いつの世でも出現するのである。
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