構造構成主義の科学観

 実は、当ブログにおいて、科学の基準について議論されてきたことは、構造構成主義科学論によって明解に解明されている。

 まずは、記号論的還元(科学論的還元)を説明したい。
ソシュールが唱えた言語の恣意性は有名であるが、これは科学という言葉にもあてはまる。先に私もシステム論的観点から科学を(名称/概念)という区別から観察したが、そのことと関係している。

 (名称/概念)は、(シニフィアン=表記、音/シニフィエ=意味内容)の区別に対応している。この両者の結合は何ら必然性がなく、恣意的であるということである。犬という概念と犬という名称が結合する必然性はないが、社会的にその概念についてはそのように呼ぶという約束事があるだけである。
 
 さて、科学という同一の記号に対して、反証主義者と帰納主義者では、その意味内容がズレており、信念対立を起している。科学という同一の記号に対する信念対立は、科学哲学論争などを見れば一目瞭然であるが、構造構成主義によれば、コミュニケーションを重ねていけば、意味内容の同一性を獲得する可能性もあるという。逆に言えば、記号の同一性がコミュニケーション過程を通じて意味内容の同一性をつくりだすと言い換えてもよい。科学の同一性は、絶対的なものではなく、社会的につくられたもの=構成されたものであるということができる。

 構成構造主義の立場からは、ニセ科学批判論者が準拠する(科学/ニセ科学)の区別についても、コミュニケーションの積み重ねによって、あとからつくられることになる。何がニセ科学であるかは時代によって変わるということである。

 ちなみに、システム論における二元コード=区別は、構造構成主義の構造の同一性に対応する。構造構成主義の科学観の究極の根拠は、構造の同一性にあることから、システム論と構造構成主義の親和性を推し量ることができる。ただし、科学観については、構造構成主義のほうが厳密であり、説明能力は高い。
 
[PR]
by merca | 2007-09-02 15:25 | 理論
<< 反証主義と帰納主義の前提 仮説検証 >>