社会法則

 社会学は、偶然性を理論に取り込むが、社会現象それ自体は、法則性のように観察できる場合がある。無論、必然性ではなく、蓋然性のレベルである。

  例
コンビニエンスストアに行き、店員に貨幣を支払うと、商品を買うことができる。お金を支払うという行為が原因であり、商品を渡してくれるという結果が生じる。
ここで実験として、あらゆるコンビニエンスストアに行き、同じ結果がでるかどうか確かめてみる。おそらく、1000回のうち、ほぼ1000回は、お金を支払うという原因が商品を渡してくれるという結果を生み出すと考えられる。

そこで、「日本社会では、コンビニエンスストアに行くと、お金を出せば、商品を渡してくれる」という因果律は、成立つことになる。
 自然界の因果法則と同じく、貨幣による売買行為は、社会的因果法則である。
 
 また、上記実験は、反証可能性、統計的検定、再現性、妥当性など、科学の公準にも特に矛盾しない。

 しかし、このような売買行為が成立つのは、人々が予期の構造として因果図式を適用して、合理的に行為しているからである。客は、何か商品が欲しい時、お金を支払うと店員は商品を渡してくれるだろうという結果をあらがじめ予期し、店員も客はお金を支払ってくれると予期しているからである。目的を結果とし、手段を原因として人間は行為している。因果法則を目的手段(合理性)に変換し、行為しているわけである。(これは、マックス・ウェーバーの理解社会学の考え方である。)
 言い換えれば、人々が売買行為を因果法則であると信じて行動することで、本当に売買行為が法則化されるわけである。本当に人々がそれをリアルだと信じると、本当にリアルになるのである。
ここで重要なポイントは、因果図式が因果図式をつくるという構造である。因果図式の原因は因果図式そのものであり、自己準拠しているのである。あるいは、信頼が信頼を自己産出しているのである。
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by merca | 2007-09-02 22:01 | 社会分析 | Comments(0)
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