(物象化/物語化)


 どうも物理的リアリティと社会的リアリティを巡っての議論が、ニセ科学問題にも必要な次元区分であることがわかってきた。
 
  そこで、(物象化/物語化)という区別に準拠して考察を加えたい。
 
 物象化とは、社会的リアリティを物理的リアリティとして錯覚、転化する現象を言う。例えば、貨幣は人々の交換行為(コミュニケーション)によって価値が発生するものであるにもかかわらず、貨幣それ自体の属性として価値があると認識されてしまうことがある。関係性を離れて、客観的に貨幣それ自体に価値が宿っているという錯覚である。この現象は、社会学では物象化と呼ばれる。また、女性はか弱いというジェンダーも、物象化の一種である。人々は客観的かつ本質的に女性に「か弱い」という属性が宿っていると錯覚してしまうわけである。つまり、社会関係によってつくられたものが実体化され、そのものの属性に転化されてしまう現象である。
 物象化現象は、比較的有名であり、社会の構成機制としてよく知られている。社会現象を分析する上で、物象化はかかせない。

 ところで、物象化と反対の現象はあまりよく知られていない。つまり、物理的リアリティを社会的リアリティとして錯覚、転化する現象である。人々のコミュニケーション過程と無関係な客観的な自然現象を、人々の関係性に転化する現象である。具体的な事例をあげるとすると、どうだろうか?
占師が、雷が落ちたことは、人々が争い、社会が混乱している様子を見て天が怒っているからだという。予言者が日照りが続くのは、王の統治が悪いからだと言う。祈祷師が、病気になったのは、誰かに呪われているからだと言う。自然現象(生理現象も含む)に対して科学的解明がなされていない時代には、よくあった解釈である。このように物理的リアリティに基づく出来事を社会的リアリティとして解釈する機制を物語化と呼びたい。
 科学のない時代においては、コントロール不可能な自然現象を受容するために、人々は物語化で処理していた。水伝は、物語化の一形態であろうか?



 
 
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by merca | 2007-09-07 22:39 | 理論
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