反社会学講座批判

 反社会学を社会学してみたい。
 http://mazzan.at.infoseek.co.jp/

 反社会学が対象とする社会学的言説は、どちらかというと、社会学者による言説ではなく、精神科医や教育評論家などが発するテレビや新聞等における社会問題に対するコメントに多く認められる。本格的な社会学者による社会分析からすると、擬似社会学あるいはニセ社会学である。従って、反社会学は社会学批判ではなく、ニセ社会学批判であるべきである。

 実は、社会学者からも、世間に蔓延る社会学的言説を床屋談義や居酒屋談義として断罪する声もあがっている。社会学者・芹沢一也氏の「犯罪不安社会」がその代表である。実は、パオロ・マッツァリーノ氏が取り上げている犯罪発生件数と体感治安の相違も、社会学的に芹沢氏によってモラルパニックとして精緻に分析されている。パオロ・マッツァリーノ氏に社会学の知識が多少あれば、モラルパニックとして論じることが可能であったろうに。ちなみに、社会学系の学会の論文では、実証性を欠く床屋談義では通らない。
 
 確かに社会を論ずることは万人に開かれている。なぜなら、社会の中で生活しているからであり、社会に対して物を申すのは当然の権利であるからである。従って、社会を扱う専門家ではない精神科医や教育評論家が社会について論じても構わない。しかし、それが社会学であると勘違いされるのは困ったものである。擬似社会学あるいはニセ社会学というレベルものが認められる。また、社会問題を論じているから社会学的言説とは限らない。社会現象を人間の心理の問題に還元している言説は、社会学的言説とは異なり、それは心理学的言説である。
 
 社会を分析する専門家である社会学者が、社会問題に関する諸々の言説をニセ社会学として診断し、その被害を分析し、断罪する思想的潮流も出てくる可能性がある。
 似たような発想は、後藤氏の俗流若者論批判である。同氏は統計的根拠や事実に基づかない若者に関する非科学的言説をハンティングし、社会に与えるその被害を懸念している。擬似科学批判論者と共通の思想的潮流である。この思想的潮流について、ポストモダンの論客は疎すぎる!!
 
 しかし、本格的な社会学者の中から、ニセ社会学批判者はまだ登場していない。この点は、自然科学よりも遅れている。社会学を社会学する同ブログの趣旨からも、ニセ社会学批判は避けて通れないと考えられる。
  複雑な問題を抱えているので、整理してエントリーしたい。
 
[PR]
by merca | 2007-09-30 10:18 | 社会分析 | Comments(0)
<< ニセ社会学批判 物象化現象の記述 >>