超越論的リアリティ

 個物・個体・これ性・単独者の観察は、対象と認識内容の一致という真理観とは異なる。世界に一つしかない絶対的個は、どのような述定からも規定され尽されることはないわけで、そのものにこれこれの属性が宿るというかたちであらわすことはできず、究極的に同定できない。従って、固有名を使用して命名する他ない。名称を与えることしかできない。存在そのものの覚知のレベルであり、その存在の何たるかとは関係ないのである。「である」ではなく、「がある」という次元になる。 
 
 物理的リアリティに基づく自然科学は、対象と認識内容の一致という真理観に基づくが、個に対する観察は科学的観察ではない。しかし、自然科学は、無数に存在する具体的個物に対する認識なくしては実験ができない。個物の観察を前提としている。二つの水分子は、空間を共有しておらず、個物として異なり、別の存在である。同じ亀でも、あの亀とこの亀は個体として異なる。科学は複数の個物をサンプリングして実験をするわけであり、個物・個体の認識なしには成立たない。
 社会的リアリティに基づく物象化やラべリング行為も、個体(個人)の認識を前提とする。同じ二枚の千円札は同じ価値をもつ信じられているが、個物としては異なっている。同じ女性と呼ばれる者も、個人としては、異なる人間である。ラべリング行為は、ラベルを貼る対象である個の存在の把握があって、はじめて成り立つ。

 物理的リアリティも社会的リアリティも、ともに個物・個体(これ性)・単独者の観察を前提とする。そこで、このような個物・個体(これ性)・単独者の次元のリアリティを超越論的リアリティと名付けたい。超越論的リアリティの思考こそが、自然科学と社会学を統合する第一哲学である。超越論的リアリティは、一致にも共有にも還元されないのである。個体の生成消滅を生死と呼ぶが、生死にリアリティがあるのは、この超越論的リアリティの次元の出来事であるからである。
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by merca | 2007-10-21 09:19 | 理論 | Comments(0)
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