アスペルガー症候群と空気

 空気あるいは場の雰囲気が読めない人という言い方がよくなされる。しかし、そもそも人はどのようにして空気を読むのか? 空気あるいは場の雰囲気とは、社会学的に言うと、状況という概念に対応する。ゴフマンがこれについて深い考察を加えている。
 ところで、社会学ではなく、精神医学によると、空気を人間が読むことができるのは、社会的情報の優先順位の共有性によるらしい。アスペルガー症候群は有名だが、アスペルガー症候群の児童は、空気を読むことができないとよく言われている。人がコミュニケーションをとる際に、人は社会的情報に基づいて判断し、アクションをする。社会的情報は、顔の表情・動作・姿勢・声の調子、環境などによって得ることができる。例えば、畳の上で笑って横になっていれば、その人はリラックスしていると判断することがてきる。また、動かずに立って腕組みしていて眉をあげていたら、怒っていると判断できるわけである。多くある社会的情報からどの要素に優先させるかで随分異なる。
 例えば、1人の子がころんで血を出して泣いているのを見て、もう1人の子が笑っていたとする。笑っている子は、「ころんだ」という動作の情報を優先させ、それに反応している。血が出たという情報は優先順位の最下位にあり、反応の対象にならなかったわけである。笑った子は血を見て笑ったのではなく、ころんだ姿を見て笑っており、冷酷なわけではない。普通の大人は、ころんで血をだしている老人を見たら、その血に反応し、手当てをしてやるなり、救急車を呼ぼうとする。そのような社会的情報の優先順位を共有しているはずである。町中でころんで血をだしている老人がいたら、多くの人がそのような行動にでるだろう。それが空気を読むということである。笑っている人がいたら、空気の読めない人として、周囲の人から道徳的に断罪される。

 過去にいつくか少年の猟奇的殺人事件で、殺してみたいから殺したというようなものが新聞報道されていたが、「殺す」という行為にまつわる社会的情報が最上位にあり、それが親か他人か誰でも同じという社会的情報の選択の仕方だと考えられる。宮台氏がいうような脱社会性とはなんら関係なく、単に障害に原因があるということになる。
 宇宙や自己同一性にこだわるのもアスペルガー症候群の特徴であり、社会的情報の優先順位が他人と異なるために、自分は特別な存在だという意識をもちやすく、思春期になると、発達課題である自己同一性の確立にぶちあたり、宇宙や死後の世界や輪廻を考え出すらしい。「人を殺したらなぜ悪いか」という疑問もでてくる。普通の若者は、何らかの集団に適応し、友人をつくることで、健全な自己同一性を確立する。しかし、普通に適応できないアスペルガー症候群の若者は、社会集団から疎外されているため、自己同一性を鮮烈に意識し、宇宙そのものとの関連でしか、自己を位置付けることができなくなるのである。だから、宗教的なことに関心をもちやすい。

 このように、人々が互いに空気を読むことができるのは社会的情報の優先選択順位の共有に基礎があることを、精神医学という科学が解きあかしている。もし猟奇的殺人を行う少年たちがアスペルガー症候群であるのなら、怪物ではなく、単なる障害だったと考えられる。動機不明の少年による猟奇的殺人は、障害児童教育が発達し、社会がサポートすることが最大の処方箋なのである。厳罰化は意味がない。要するに、刑事政策の問題ではなく、福祉の問題である。

 なお、社会情報の優先選択順位の共有は、社会によって異なるということは言うまでもない。従って、アスペルガー症候群の若者達と同一の社会情報の優先選択順位をもつ人々からなる社会では、アスペルガー症候群の若者達は異常ではない。むしろ、この社会に適応している人のほうが障害をもつと指摘されるだろう。基本的には、アスペルガー症候群も、所属する社会の価値観によってつくられた実体のないものである。

     人気blogランキングへ
[PR]
by merca | 2008-01-03 16:48 | 社会分析
<< 学習障害はつくられる。 社会解釈(=社会理論)について >>