社会常識という罠

 社会常識=コモンセンスや社会通念は、社会の変化とともに変わる。これは社会学が得意とする分野である。いうまでもなく、社会常識=コモンセンスや社会通念はつくられたものである。
 一方,自然科学は社会の変化や異なる文化圏と関係なしに正しさをもつことを要求されている。自然界の法則は、いつでもどこでも不動であると信じられているからである。これが自然科学のうりである。
  もし裁判等で、ニセ科学であるかどうかが(科学であるかどうか,科学を装っているかどうかの判定が),最終的に社会常識や社会通念の判断に委ねられたら、結局、社会的リアリティに還元されることになる。ニセ科学の判定を、ニセ科学の主張内容を吟味する科学的実験による検証ではなく、コモンセンスという極めて社会的なものに委ねてしまうわけである。
 コペルニクスの地動説は、裁判にかかったが、当時の社会通念によって、神を冒涜する虚説だとされた。社会常識の自明性を懐疑してきた社会学の立場からは、安易に社会常識を鵜呑みにするわけにはいかないのである。社会常識そのものを測定する必要がある。

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by merca | 2008-01-06 16:17 | 社会分析 | Comments(0)
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