ニセ科学批判の意味空間

 ニセ科学と呼ばれる対象について数人にインタビューしてみた。水伝などそもそも知らない人が多くいた。血液型性格判断はよく知られているが占いとして分別している人もいた。マイナスイオンについても知らない人がいた。個々のニセ科学によって知名度が全く異なる。ニセ科学について、社会調査のアンケート項目をつくる場合、前提として(知っている/知らない)という項目が必要である。またどのレベルまで知っていることを本当に知っていると定義するのか困難である。こういう事実も予備調査としてのインタビュー調査(質的調査・事例調査)の段階でわかってくるわけである。
 しかし、よく考えてみると、知名度がないニセ科学は、社会統計調査そのものがあまり意味をなさないおそれがある。また、知っている人だけを対象にすると、それ自体サンプリングに偏りができる。これこそ社会調査の専門的常識である。あくまでも無作為抽出された標本集団でないといけない。そう考えると、「多くの人が科学だと誤解している」という命題を検証するのではなく、「多くの人が科学だと誤解しうる可能性がある」という命題を検証したほうが適切だと思えてくる。
 そこで、対象に科学を装おうという効果が本当にあるのかどうかを測定することになるが、この場合、大がかりな社会統計調査よりも、心理学的な実験のほうがむいているかもしれない。例えば、一定の人数の被験者を集め、対象(非科学)について説明を受け、対象を科学と思ったかどうか聞くというかたちである。社会心理学や集団力学でよく行われるタイプの実験である。
 さらに、人によって科学の定義が異なるおそれもある。単に科学者による発言や発明品を全て科学と思う人もおれば、ニセ科学批判者のように科学哲学的な公準で厳密に考える人もいる。このように、もし人々の科学観が多様ならば、非科学が科学を装おうことに何の価値や意味があるのかと思う。
 物理的リアリティ(対象と認識の一致)の世界では、科学が唯一絶対的な正しい真理であるという前提において、はじめて装おうことが意味をもつと考えられる。
 ニセ科学は、やはり科学が唯一絶対的な正しい真理であるという暗黙の前提に支えられているような気がする。そして、ニセ科学批判も、科学の立場からなされるのならば、科学が唯一絶対的な正しい真理であるという暗黙の前提をもつことになる。「科学が唯一絶対的な正しい真理である」という信念を共有する者どうしの熱い議論である。ところで、科学以外の立場から、ニセ科学を批判する視座はあまり見かけたことがない。
 ニセ科学批判者たちが、なぜそんなに熱くニセ科学やニセ科学批判批判を批判するのか、その理由が釈然としないもどかしさを感じる。科学だけが正しいとは限らないという私のような相対的な認識をもっている者には不思議にうつるのである。科学が唯一絶対的な正しい真理と堂々と思っているから熱く議論するのであると正直に言えばいいと思う。ポストモダンが生み出した懐疑論者やニヒリストたちの前で、科学は文化を越えた唯一絶対的な真理であると単純にいうのは、恥ずかしいと思っているのかと思う。

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by merca | 2008-01-11 00:40 | 社会分析 | Comments(44)
Commented by paperseracher at 2008-01-11 15:21 x
「ニセ科学的方法論」と「科学的方法論」、もしくは「ニセ科学的思考法」と「科学的思考法」に違いとは何か?
を、考察することをお勧めいたします。
Commented by proorp at 2008-01-12 01:18 x
「ニセ科学」などという言葉は、余りきいた事が無く、不審に思った。「偽」や「贋」でなく「ニセ」という、いかにも無知な感じの仮名w組み合わせたのも不振だった。「パラサイエンス」(似非科学)には滑稽感と神秘感が相半ばで、ある意味気晴らしにちょうど良い面白い題材と思っていたが、どうもこの「ニセ科学」というのはそういうものではないようだ。

調べると、田舎大学のしがない化学教師のページに飛んだ。どうやら、これをネタに商売している方のようだ。毎日のようにものすごい量のブログを書いて、東京に出かけてインチキ製品業者を訴えて裁判までしてるとの事。これでは落ち着いて本務に専念も出来まい。ご苦労ではあるが、まだ准教授なのにこんな事にうつつを抜かして人生棒に振るのではと、黒木某氏の前例もあるだけに、人ごとながら心配になる。ブログも騒々しく攻撃的な割に輝きひらめきが無い。痛ましい事である。
Commented by proorp at 2008-01-12 01:29 x
高校大学時代にきちんとした本を読まず、人文学の教養を積んでこなかった科学労働者タイプにありがちな、平板な実在主義である。物事に対するに、様々な違った深度の視覚があるという事を理解できない人は科学者としても二流であろう。
Commented by Momo at 2008-01-12 02:57 x
>科学以外の立場から、ニセ科学を批判する視座はあまり見かけたことがない。

科学以外の立場って具体的にどんな物があるでしょう?

私が思いつく限りでは感情的な立場からの批判は見たことがあります。amazonの書評などで、宗教関連本で「こんなの信じているなんてバカだな」というコメントはたまに見かけます。これは科学的なやり方よりも良い方法じゃないですよね。
あとはあるとしたら宗教的立場でしょうか。宗教的立場からニセ科学批判ってほとんど見かけませんけど。カトリック教会が創造論を非難したのも、宗教的というよりは科学的立場にたっていましたし・・・
Commented by 石田剛 at 2008-01-12 05:48 x
石田には、そもそも「科学が正しいかどうか」を議論することに、どういう意味があるのかわかりません。
石田は科学は、「手段」であり、今のところどうやらもっとも有効な「手段」であるらしいと考えています。こう考えていることが、「科学が正しいと考えている」ということだとお考えでしょうか? 石田はそうは思えないのですが。
Commented by com at 2008-01-12 08:55 x
おはようございます。
相変わらず、具体的なお話は皆無に見受けられますが…どなたのどの発言が、

>ニセ科学は、やはり科学が唯一絶対的な正しい真理であるという暗黙の前提に支えられているような気がする。

に相当するのか、紹介していただけますか?
これがない限り、ただの妄想に過ぎないかと。
Commented by com at 2008-01-12 09:08 x
連投失礼します。
comはapjさんとこから飛んできていますが、まずは本記事から目を通しています。apjさんらが何を書いているか知らない状態です。
さて、「科学だけが正しいとは限らないという私のような相対的な認識をもっている者には不思議にうつるのである。」とご発言ですが、驚愕です。ひょっとして、mercaさんの中では、物質の燃焼は、フロギストン説も酸素による酸化も同列なんですよね?
誤った相対論の典型的な論法ですねぇ。
Commented by 論宅 at 2008-01-12 10:28 x
天羽さんが定義したように、ニセ科学とは、(科学/非科学)(装おう/装わない)という区別に準拠していることには賛成なのですが、その場合、適切なニセ科学批判はまずもって(科学/非科学)の正しい基準をもっていることが前提となります。本質的に、ニセ科学批判は科学の立場からの批判です。科学主義抜きにして語れません。その点、勘違いされないようにと思います。
Commented by 論宅 at 2008-01-12 10:30 x
石田さん comさん コメントありがとうこざいます。
 comさんの主張のようなものが、物理的リアリティに準拠した科学に正しさを求めるという思考回路です。特に、それが手段として有効ならば、問題はありません。しかし、それが目的になってしまうと、怖いですね。ある目的のために、同じ機能を有するのなら、正しい学説も間違った学説も等価です。例えば、どんな学説であれ、学者にとっては飯を食うための手段として等価です。(機能的等価主義)
 目的に応じて色んな正当性・適合性があるというくらいの感覚がないと、社会学などは特にやっていません。
 さて、科学が正しいかどうかの議論というよりも、科学が正しいと人々が思っていることが、ニセ科学とその批判を取り巻くコミュニケーションの全体の前提にあるのではと感じてしまうわけですね。でないと、皆さん、こんなに熱く語らないと思うのが率直な感想です。これを実証するためには、これまたニセ科学批判者を調査することが必要ですね。
Commented by moc at 2008-01-12 10:58 x
二流科学者というのはほめすぎでしょう。4-5流といったとこですね。
あっちに出入りする人たちは、ここでの議論を消化し切れていないんじゃないの?せこい技術屋ばっかりだから。自分が無知であることもわからないほど無知。
Commented by むこうに恥ずかしい事暴かれてる at 2008-01-12 12:35 x
[かえる]
お茶大の富永研のサイトがここの主人に乗っ取られている件について。

富永先生は好々爺でネットに興味の無いのをいいことに、こんなことをしてるのは、みんな苦々しい思いで見てますよ。

by a~  at 2008/01/12 11:53:51
Commented by 石田剛 at 2008-01-12 15:39 x
論宅さん

> comさんの主張のようなものが、物理的リアリティ
> に準拠した科学に正しさを求めるという思考回路です。
石田にはそうは考えません。
comさん のお尋ねに対する 論宅さん の回答が「例えば、どんな学説であれ、学者にとっては飯を食うための手段として等価です」なのであれば、 論宅さん の説はまったくの空論としか石田には認識できません。

この石田の認識を「論理的でない」とか「議論を消化できていない」とか評価される方があれば、それはその方の自由です。けど、石田がその方の発言をどう評価するかも、石田の自由です。
Commented by 石田剛 at 2008-01-12 15:39 x
...つづき

>  さて、科学が正しいかどうかの議論というよりも、(以下略)
この説全体の文意が解読困難でしたが、部分的に読み取れた内容について、石田の意見を述べておきます。

ニセ科学を手段に用いる者は、「科学が正しいと人々が思っていること」を利用していると、石田は考えています。石田は、ニセ科学が社会に蔓延ることは、社会にとって損だと考えています。

ニセ科学を批判されている方々が、どのような動機でニセ科学を批判されているのかは、各々違った動機があるのだろうと考えています。 論宅さん が何を見て「熱く語っている」と認識されたのか不明ですが、その熱さの加減も、熱くなる理由も、みなさん個々に違うのだと、石田は考えています。
Commented by 石田剛 at 2008-01-12 15:40 x
...つづき

以下は、改めて述べるまでも無く、 論宅さん もご承知のことだろうとは思いますが、いちおう石田の立場を明示する為に述べておきます。
論宅さん が「論宅さんの言う社会学」の見地から、ニセ科学を批判なさっている個別の方々を、「ニセ科学批判者」とひと括りにして分析なさるのは、 論宅さん がご自由になされば良いことです。そして、その成果を発表するならば、それを批判するのも批判する方の自由です。
批判に対し、 論宅さん が真摯に対応するかどうかも、その 論宅さん の対応を誰かがどう評価するかも、全て言論の自由の一部です。
Commented by 石田剛 at 2008-01-12 17:32 x
すいません。誤字訂正です。

Commented by 石田剛 at 2008-01-12 15:39(ひとつめ)
誤:石田にはそうは考えません。
正:石田はそう考えません。

Commented by 石田剛 at 2008-01-12 15:39(ふたつめ)
誤:この説全体
正:この節全体

失礼しました。
Commented by com at 2008-01-12 18:45 x
mercaさん返答ありがとうございます。
一応、apjさんの書いたことに汚染される前に、まず元となった記事を読むべきだと思い、こちらから目を通したのですが…余計な気遣いだったようですね。
普段はこの手の議論には参戦していませんが、9月頃のapjさんやきくちさん方にmercaさんが主張を撤回させられる(正確な言い回しでなくて申し訳ない)程度の情報は持ち得てますよ。なので、流れは掴んでいるつもりですが。というか、このcomの書き込みだけで、どこから「comが理解できていない」と判断されたのか謎ですが。
Commented by com at 2008-01-12 18:46 x
続きです。
科学的思考というのは、別段物理だろうが化学だろうが、心理学であろうが何も違わないという認識でいました科学的に検証する際のツールにすぎないでしょうし、無論、各分野において思考される中身は異なるでしょう。が、どうやらmercaさんの「科学的思考」は異なるようなのですね。同じ意味で使う言葉でない限り、議論しても時間の無駄でしょうね。
また、2008-01-12 10:30 のご返答で、程度問題を考慮しない悪しき相対主義の典型であることがよく理解できました。そうでないなら、フロギストン説を用いて違う、ということを示して頂けると判りやすいのですが。
まぁ、具体的なお話が出てきただけでも判りやすくなりました…同意はできませんが。
Commented by kage at 2008-01-14 01:17 x
ここに来てもっともらしい事書いておいて、山大のサイトにもどって仲間内で人を中傷する。人格崩壊の女王様につかえる有象無象たちは醜い。それに「ふま」とかいう一人の敵を集団で作り上げているようで噴飯もの。これまでの厚顔無恥の振る舞いに怒っているのは山大関係者、お茶大関係者にも少なくない事を自覚すべきだろう。
Commented by kage at 2008-01-14 01:23 x
まともな哲学書の一巻も読んだ事の無い「科学者」を僭称する技術奴隷たち。いくらネットを探って無い頭を振り絞って騒いでも、何も説得力のある事はいえない。恥さらしなHPは閉じて、だまって実験室にこもって、自分の得意な事に専念すべきだろう。
Commented by com at 2008-01-14 12:32 x
kageさん、具体的にどこが誹謗中傷に該当するのか、ご指摘ください。mercaさんが一旦撤回させられた主張を再度、蒸し返しているだけでしょう。そうでないなら、一旦公開した自説なんだから、それに対して来る批判に、堂々と返答すればいいだけ。フロギストン説での説明楽しみにしていますよ。
Commented by 黒猫亭から。 at 2008-01-14 13:19 x
> ソーカルの批判の対象となった人々も、根っこのところでは学際の知見の融合とか、人文科学に自然科学の方法論を採り入れたいというようなことを真摯に考えていた

それが誤解な訳。
要するに「科学を取り入れた」と言っても、その「取り入れる」というのは、あくまで【SFが科学を取り入れるのと同じ】ようなレベルな訳ですよ。

投稿 だから、 2008年1月14日 (月曜日) 午後 01時13分
Commented by 黒猫亭から。 at 2008-01-14 13:26 x
また、本来、「オカルト」等に分類すべき対象を疑似科学に分類すべきではない。迷信やオカルトは、それが科学であると誤解されるような要因を持ち合わせない。サイエンス・フィクション(SF)は科学風の表現を多用する非科学的な言説である。その内容がオカルト等と同じく科学的と誤解されることがなければ疑似科学ではないのだが、少年や青年の一部にSF作品中の理論づけなどをてっきり本物の科学的な説明だと誤解する者がごく稀に存在することもあるため、疑似科学に分類される。

疑似科学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Commented by 黒猫亭から。 at 2008-01-14 13:28 x
別に自然科学の方法を取り入れた訳ではないだろう。
一部の「おっちょこちょい」(山形浩生とかw)が取り入れていると誤解しただけであってね。
まあ、「誤解を放置するのはいかがなものか?」という問題提起はあるだろうねえ。ただ、「創造的誤読を称揚する」という(ポモ的な?)【価値観】では、むしろ放置しましょうということになりがちであった、ということだと思われ。「そういう価値観を是とするか、否か」というイデオロギーレベルの対立である訳だが。

投稿 ソーカル事件 2008年1月14日 (月曜日) 午後 01時05分
Commented by merca at 2008-01-14 15:46
 上記のブログの方がそうですが、内輪で議論の仕方が外部に開かれていない印象を受けます。辛辣な批判ばかりで相手の説を自説に取り入れていないところが問題ですが、それは仕方ないことだと思います。批判の仕方も開かれていないということですね。
  私の場合、正しいと思えば、ニセ科学批判者の見識を取り入れています。天羽さんのニセ科学の定義とかです。菊池さんが示されたグレーゾーンの問題もです。
  再度、ニセ科学批判者が科学に絶対的に準拠しているということを感じだしたのは、ニセ科学に対する社会調査を考える過程で生じてきた疑問ですね。当エントリーの前半部分に反応してくださる方がいないのが非常に残念です。
Commented by com at 2008-01-14 16:04 x
我々読者は、mercaさんが書いたことだけからmercaさんの意図を読み取ります。書かれていないことを読み取れ、と言われてもねぇ。それは読者に求めることではなく、書き手に猛省を促すことだと思いますが。それはそうと、相対論のお話はどうなりましたか?ご自分でまいた種ですから、きっちり解決してください。放置して社会学の評判をこれ以上落とさないことを切に願っております。
Commented by com at 2008-01-14 16:06 x
ああ、失礼しました。書いてありましたね。comの誤読でした。先の書き込みは、「我々~だと思いますが」の部分に関して、撤回させていただきます。併せて、混乱をもたらしてしまったこと、謝罪します。
Commented by 午後 06時08分 at 2008-01-14 19:24 x
>オレは非専門家でapj さんは専門家という条件になります

こんな話に専門も糞もあるかよ。
専門があると誤解させているなら、それこそニセ科学だな。

黒猫亭日乗: 心の外
http://kuronekotei.way-nifty.com/nichijou/2008/01/post_323c.html#comment-17104048
Commented by 論宅 at 2008-01-14 21:38 x
 comさん アドバイスです。
kageさんは「はじめまして」という断わり書がないので、あの有名な「ふまさん」かもしれませんね。comさん、普通ははじめてのブログにコメントする時は、「はじめまして」を入れますもんね。「ふまさん」は、ニセ科学批判者のブログでは出入り禁止になっているのでしょうか?
Commented by com at 2008-01-14 23:13 x
mercaさん、comに質問を返される前に、フロギストン説についての質問に答えていただけませんか?程度を度外視した相対論をについて、ぜひお答えいただきたいです。
ところで、comはいつも「はじめまして」を入れているのですか?初耳ですが。ついでにいつkageさんを「ふま」と断定しました?かの人が出禁になっているかどうかについては、comの知るところではないですよ。一体どなたを指しているのか存じ上げませんが、「ニセ科学批判者」の方に直接おたずねになっては?comは「ニセ科学批判」している人間ではないので。
Commented by 論宅 at 2008-01-15 02:05 x
フロギストン説については、そんなに詳しくはしりませんが、一応、「科学の絶対性とは何か?」という新しいエントリーで触れています。「ニセ科学批判」している人では無いとすると、どのような立場ですか?
Commented by disraff at 2008-01-15 10:38 x
うーん、読んではみたけど、何の意味があると思ってやってるのかさっぱりわからん。「社会学」って、こんな「為にするような、生産性皆無の話」をもったいぶってやるようなもんなのかね…違うようにも思うけど。
まぁ、そういう何かを衒った話が好きなマニアな人(たち)なんだろうね。

…と、僕なぞは思うわけです。mercaさんは「わからないのがもどかしい」などといいつつ、見下す気こそあれ理解しようという気はさらさらなさそうなので、「自分はマニア、連中は別種のマニア」だと思って徒に藪をつつかないのが一番でしょう。
Commented by だから、 at 2008-01-15 10:58 x
>「自分はマニア、連中は別種のマニア」だと思って徒に藪をつつかないのが一番でしょう。

実はそれがいいたいことでしょう。ニセ科学批判に対して
Commented by くるくる at 2008-01-15 12:08 x
まともな科学者、一般市民は無視>似非科学
出来損ない科学者、出来損ない市民は熱中、ま、いろんな意味でね。

要は「小人閑居して不善をなす」ということだ。
しょうもない取り巻きに囲まれて、仕事しないで掲示板ごっこやったり裁判ごっこやってる大学准教授、ってこれどうなんだろう。
Commented by どうも。 at 2008-01-15 21:15 x
NOV1975 2008/01/15 00:15
>大体、ひとしきりの科学的思考能力を学習しているはずなのにどうして、という思いはあります。いい悪いというよりは、不安なんじゃないかな、ニセ科学批判ってのは。

どうも。 2008/01/15 10:42
>不安なのは良いのですが、その不安の内容がいまいち確定していないようにも思います。

>1.「科学的な関心を持たない人が多い」ことが不安なのか?
>2.「科学的な関心を持ちながらも、科学的な知識を持たない人がいる」ことが不安なのか?

>私自身は1については「そんなこと知るか、本人の勝手だろう」と思いますが、2についてなら「他人の心配をわざわざして、ご苦労なことです。親切だな」と思います。仮に1だとすれば、ニセ科学批判というやり方は上手くないようにも思います。

蓋然性があることは断言するよなあ - novtan別館
http://d.hatena.ne.jp/NOV1975/20080111/p1#c1200323752
Commented by ダメですな。 at 2008-01-16 01:53 x
> 科学者であるapj さんを「科学の」専門家と表現した

はあ~。件の話は「その専門分野」の話でしたか?
それとも、「科学全般の専門家」なるものがあると?

まあ、科学行政の専門家とか、科学哲学の専門家とかならあるかなあ。
Commented by ダメですね。 at 2008-01-16 20:03 x
>「自然科学の方法論の専門家」という意味になると思います。
何ですか、それ? 「科学哲学の専門家」とかのことか?

>自然科学一般に共有されている方法論を解説する
やっぱり、科学哲学の話か?

何か【宗教と科学】について対話をしていたように見えたが、違ったのかな?

> この対話においてオレは非専門家でapj さんは専門家という条件になりますから、非専門家が専門家と対話する場合の手続として
> 「そういう理解でよろしいですね?」というニュアンスで確認を求める
http://kuronekotei.way-nifty.com/nichijou/2008/01/post_323c.html#comment-17104048
http://kuronekotei.way-nifty.com/nichijou/2008/01/post_323c.html#comment-17123767
http://kuronekotei.way-nifty.com/nichijou/2008/01/post_323c.html#comment-17126922
Commented by 宮台の低脳ブログ at 2008-01-16 21:24 x
蔓延するニセ科学批判?

> 新刊の『現代の理論』新春号ですが、「日本国家の品格を問う」というのが特集で、いろいろ載っていますが、
> 後藤和智「さらば宮台真司」が、「俗流化」「ニセ科学」を経て「結語ー葬送」に至るという大変刺激的な論考です。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_e216.html
Commented at 2008-01-17 09:08 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 塩川伸明「読書ノート」-1 at 2008-01-18 14:34 x
新・後藤和智事務所 ~若者報道から見た日本~: (宮台真司への)絶望から始めよう――「現代の理論」発刊に寄せて
http://kgotoworks.cocolog-nifty.com/youthjournalism/2008/01/post_fe9b.html
> 『終わりなき日常を生きろ』で採り上げられている事例も、実のところ実証性というものはなく、ただ自分の身の回りのインタヴューくらいでいろいろと妄想を構築している
> 宮台の言説は実証性をかなぐり捨て、若年層に対する突飛なイメージをひたすら煽り続けるようなもの
> 宮台の言説がいかに実証性に欠けているものであるか、ということを証明している
> 宮台はこのようなことを示すデータを一つも示していない
> 「人間力」などという(客観的な評価が不可能故に判断基準にするには極めて問題の多い)言葉を安易に用いている
> 言説のレヴェルはたかが知れている
> 宮台のいっていることはいわゆる「ニセ科学」に他ならない
> 「ニセ科学」というと自然科学系のものを我々は想起しがちだが、宮台のような社会科学系のものにも注意を支払う必要がある
> 嗤うべきところは他にも多数ある
> 宮台こそが若年層に対する不安を煽り続け、そして統計やデータ、及び科学的な検証によらない青少年言説を発信し続けてきた
Commented by 塩川伸明「読書ノート」-2 at 2008-01-18 14:36 x
塩川伸明「読書ノート」
ソーカル、ブリクモン『知の欺瞞――ポストモダン思想における科学の濫用』
http://www.j.u-tokyo.ac.jp/~shiokawa/ongoing/books/sokal.htm
> 著者たちは次のようにいうのだが、これはいかにも安易な印象を受ける。
> 
>「二つのタイプの難しさを見分けるために役立つ判断基準はいくつかあるようにみえる。第一に、もし難しさが本物ならば、その理論がどのような現象を扱っていて、主要な結果が何であって、それを支える最良の論拠は何かといった点を、ある程度初等的なレベルでわかりやすい言葉を使って説明できるのが普通である。〔中略〕。第二に、難しさが本物ならば、そのテーマについてより深い知識を身につけるためのはっきりとした道が――長い道のりかもしれないが――用意されている」(二四七‐二四八頁)。
Commented by 塩川伸明「読書ノート」-3 at 2008-01-18 14:38 x
塩川伸明「読書ノート」
ソーカル、ブリクモン『知の欺瞞――ポストモダン思想における科学の濫用』
http://www.j.u-tokyo.ac.jp/~shiokawa/ongoing/books/sokal.htm
> 前の方の文章の末尾にある「普通である」という言葉はくせ者である。あるいは、自然科学では――そしてまた社会科学でも、一部の分野で「科学化」が進んでいる場合には――それが「普通」なのかもしれない。つまり、ディシプリンが確立していて、クーン流にいえば「通常科学」の土俵の上で「パズル解き」がなされているときには、その「パズル」がいくら難問であっても、そのテーマ・論点・結果・論拠等々については共通了解があり、それを明確に説明することが可能だろう。だが、ディシプリンそのものが未確立だったり、動揺したりしている場合(同じことだが、パラダイムが未確立だったり、動揺したりしている場合)、「どのような現象を扱って」いるのかということを明らかにすること自体が難しい――何をとりあげ、それをどのような現象と捉えるかということ自体が争点であり、論争当事者間で共通了解がないために、言葉もなかなか通じない――ということが珍しくない。
Commented by 塩川伸明「読書ノート」-4 at 2008-01-18 14:40 x
塩川伸明「読書ノート」
ソーカル、ブリクモン『知の欺瞞――ポストモダン思想における科学の濫用』
http://www.j.u-tokyo.ac.jp/~shiokawa/ongoing/books/sokal.htm
> 第二の、「そのテーマについてより深い知識を身につけるためのはっきりとした道が用意されている」というのも、既に確立した学問分野において、「初等編」「中等編」「高等編」といった教科書があるような場合には当てはまるが、その分野そのものが開拓途上の場合には、そうした「道」は決して「用意されて」などいない。むしろ、「道なき道」を自ら切り拓きながら――ということは、どこかで泥沼に足を取られて、完全に方向を見失ってしまうという危険性をも敢えて冒しながら――進むほかないという場合もあるのである。
Commented by ニセ科学でない at 2008-01-25 12:03 x
ぶいっちゃん氏の現在の態度はつまりこういうことである。

 「『水伝』は科学ではなく、科学の名を騙るインチキであることを認める」
 「だがそれは『どちらでもいい』ことだ」
 「『水伝』に共感し、肯定的に伝えるのは良いことだ」

http://blog.so-net.ne.jp/schutsengel/2008-01-24-1
http://blog.goo.ne.
jp/kurokuragawa/e/7957449b130ac5b9d28bf7afe3d80357
Commented by ぷーさん at 2008-01-25 12:04 x
良い悪いはともかく

それはニセ科学ではない
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