カテゴリ:反ニーチェ( 6 )

思想・宗教より尊いもの

 世界には様々な思想や宗教が溢れている。
 しかし、思想や宗教が尊いのではない。
 尊いのは、思想や宗教を通して愛する者の幸福を願う人々の美しい心=他者愛である。
 たとえ、どのような優れた思想や宗教であったとしても、憎しみや利己心から思想や神仏を利用する者は、この世に破壊をもたらすであろう。
 
 本当に祈る人は、自分ではなく、愛する人たちを守ろうとし、愛する人たちの幸福のために、必死に思想にすがったり、神仏に祈ったりする。
 人は、自分のことではなく、家族や愛する人たちの幸福のために神仏に祈るのである。
 その時、尊いのは神仏というよりか、むしろ愛をもつ祈る者の方なのである。
 他者の幸福を祈った時、神仏は、その人に宿るのである。
 利己心から祈る者には、神仏は宿らない。
 利他心から祈る者にのみ神仏は宿るのである。
 
 この世の中にどんな優れた思想や宗教ができようとも、利己心から祈る者には、救いはないのである。どんな優れた社会思想であったとしても、恨みと憎しみの心を持つ人たちに利用されたら、世界を破滅に導くであろう。マルクス主義がその典型であった。マルクス主義を利用する醜い為政者たちのために、多くの人々が犠牲になった。
 赤軍派が自らの醜い自尊心のために同志をいじめ殺したり、また社会に恨みを持ったオウム真理教の麻原彰晃氏も仏教やインド思想を利用して若者を騙し信者として洗脳し、罪のない人たちを殺した。これらは、利他心ではなく、利己心を根本動機にして思想や宗教を利用した例である。
 神仏に家族の幸せを祈る平凡な庶民の方が尊い心=他者愛をもっているにもかかわらず、若者は安易にエゴイズムから奇妙な思想や宗教にかぶれるのである。

 しかし、心ある社会主義者を初めて知った。ムヒカ元大統領である。彼は、社会主義のために革命を望んだのではなく、愛する貧しい人たちを幸福にするために、戦ったのである。社会思想は、人々の幸福のための手段にしかすぎない。利欲や保身のために思想や宗教を絶対化したり、思想や宗教を利用して人を煽動するかぎり、戦争が起き、世界平和は到来しない。
 スターリンや毛沢東などの社会主義を標榜する独裁者は、多くの人々を殺戮した。暴力革命は民衆の命や幸福を奪う本末転倒の思想なのである。

 何のために思想に心酔しているのか、何のために宗教にすがっているのか、それを問うてみるがよい。もし保身や利己心のためであるのなら、自身と世界を破滅に導くであろう。
 ニーチェ思想にかぶれる多くの若者は、他者の幸福のためではなく、自我防衛のためにかぶれるのである。ムヒカ氏とニーチェは正反対なのである。

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by merca | 2016-05-03 22:23 | 反ニーチェ | Comments(0)

他者愛は、自己愛に還元されない。

 他者愛とは、他者の他者性を尊び大切にすることをいう。従って、自己愛には決して還元されない。他者の他者性とは、自己には決して支配できない無限性・超越性だからである。他者の自由意志は、決して自己は支配できない。だから、他者というのである。
 もし自己が支配できるような存在、すなわち自己の同一性に包摂できるような存在であれば、真なる他者ではなく、自己の延長にしかすぎない。レヴィナスのいうように、他者の顔は、支配できない。
 自己にとっては、他者は決して届かぬ超越性、無限性である。だから、他者は自己にとって神である。他者は、超越性・無限性をもつ存在である限り、決して他者を殺すことはできない。殺人の不可能性は絶対的真理である。
 
「汝殺すことなかれ」は、他者の他者性を決して否定できぬことを意味しており、肉体的な意味での人間は殺せても、魂=自由意志としての人間を殺すことは決してできない。人間存在が魂=自由意志として実存する限り、いかなる殺人も不可能である。
 他者論倫理学からは、人は人を殺すことはできないのである。従って、人を殺そうとする者の欲望は決して満たされることはない。殺人願望ほど愚かな行為はない。人を殺してはいけないという倫理は、このような仕方で体得されるものであり、他者の他者性を受容する者だけが真に身につけることができる。

「なぜ人を殺してはならないのか?」という質問に対しては、真の意味で、人は人を殺すことができないからであり、不可能で愚かな行為であるからだと言っておこう。
 殺人の不可能性を悟った時、同時に他者を敬う気持ちが沸き起こり、それが他者愛となるのである。そして、自己愛には他者愛は還元されないのである。
 ニーチェの思想は自己愛の思想であり、他者性がなく、真理ではない。

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by merca | 2015-10-20 00:28 | 反ニーチェ | Comments(0)

世界の有意味性(一切肯定の境地)

 この世界において、無意味なもの、無価値なものは何ひとつ存在しない。宇宙の一切の存在は尊く価値が在る。
 
 なぜなら、一切の存在は一切の存在と関係し合っているからである。価値や意味は、自らのうちにあるのではなく、無数の他の存在との関係で生ずるのである。他の存在と関係している限り、価値や意味は無限に自ずと生ずる。
 
 無数の他者の他者性が価値や意味の源である。いくら自己存在が無意味や無価値だと思い込んでも、宇宙にある無数の他の存在と関係する限り、意味や価値が生ずるのである。一切肯定の境地とは、宇宙の一切の存在に意味や価値があると感じることができる心をさす。

自己は無意味・無価値だと叫ぶ者たちよ! 
ニーチェに騙されるな!
聞くがよい。森羅万象における関係性の妙理を。
 
一輪の花にも神仏は宿る。
心傷ついた人は、たった一輪の花に救われ、一輪の花に神仏が現れるのを知る。

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by merca | 2015-10-05 22:14 | 反ニーチェ | Comments(0)

善悪(利他/利己)の対称性の破れ

 一応、善を利他と定義し、利己を悪と定義して考えてみたい。時折、人間は、善=利他心と悪=利己心の駆け引きが心の中で起り、行為の選択を迫られる。所謂、良心の呵責である。そして、天使と悪魔のささやきのどちらに組するのか決めるのは、本人自身である。実は、この自己選択性こそが倫理的行為の大前提である。
 他者論的倫理学からすると、天使の声とは、端的に他者の声と言えよう。助けを求めている他者を自己の都合をよりも優先させたり身代わりになって助けるかどうかの決断を迫られるわけである。自己の都合を優先させると、悪をなしたことになり、自己を犠牲にして他者を助けたら善をなしたことになる。
 
 いずれにしろ、人間は性善説でも性悪説でもなく、悪と善を含みつつも超越し、選択できる立場にあるというわけである。もう少し言うと、悪の心を完全に排除した善行は、善悪に関する選択性を欠くことになり、倫理的行為とはならない。悪の誘惑を断ち切って善を選択したときにこそ、本当の意味での尊い善行=倫理的行為となる。
 人間は性善説でも性悪説でもないと言ったが、善が悪よりも少し勝っているのが人間的真実である。この対称性の破れを説明しよう。善と悪の心が人間にあり、もし勇気を持って善を選択したのなら、一時的な自己の利益は失うが、悔いは残らず、すっきりと人生を歩むことができる。しかし、もし悪を選択したら、一生自己の善の心によって罪悪感に苛まれることになるのである。悪を選択しても、最初から善の心がある以上、罪悪感が人を責め続けるのである。戦場で上官の命令でやりたくない殺人をやってしまった兵士は、一生罪悪感で苛まれるのである。それは、悪をなしても、もともと善の心があるからである。罪悪感と償いの感情は利他心の現れである。この意味で、選択性に基づく悪は、善悪の葛藤のない単純な善行よりも倫理的である。ある意味、選択性があれば、善悪ともに倫理的行為である。そこで、次のような価値序列を立ててみた。
 
 選択性を媒介とした善行が一番目に価値があり、選択性を媒介とした悪行は二番目に価値があり、選択性を介在としない善は三番目に価値があり、選択性を介在としない悪は一番価値がない、という道徳的価値序列をつけることができるのである。
 良心の呵責や罪悪感なしに人を殺す者は最低である。かたや、自己の所属する共同体からの制裁(悪の誘惑)があるにもかかわらず、あえて他者を助ける者こそ、最高善をなすものであり、この世で一番美しい倫理的行為なのである。罪悪感をもちつつも悪をなしてしまった凡人たちは、この最高善をなした者を敬い、信仰するのである。それが許しとなるのである。ニーチェはこのことに最後まで気づかなかった愚か者である。

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by merca | 2012-11-30 11:12 | 反ニーチェ | Comments(1)

世界からの祈り(Pray for Japan) 他者愛の連鎖

 このサイトを見よ!!

 Pray for Japan
 http://prayforjapan.jp/message/
 
 東日本大震災が起こり、多くの人々が犠牲になった。しかし、世界中にいる無数の人たちが祈りを捧げてくれ、普通の人々の間で利他的行動が伝染・連鎖している。一体、これはどういうことか!!
これは、宮台真司が提唱する卓越した一人の利他的カリスマへのミメーシス(感染的模倣)とは全く異なる精神である。また、共同体を越えて、世界に住む無数の他者から祈りと支援が届いてくるわけであり、当然、小林よしのりが重んじる郷土愛・愛国心とも全く異なる精神である。
 カリスマでもなく、国家社会でもなく、平凡な普通の人たちの中にこそ、神仏はいるのである。これは物語ではなく、まぎれもない事実である。街角では、多くの人たちが献血や募金をしている。 ニーチェはこの事実に気づかず、ニヒリズムに陥った。レヴィナスやマザーテレサたちが、共同体を越えた一人一人の他者の中に神をみた。それは、他者愛である。他者愛は、平凡な一人一人の人々の中に宿る。
 それは、困っている人たちがいると、「あなたがたは、一人じゃない」と囁くのである。そして、そのメッセージは、共同体を越えて全世界の人々に連鎖していき、祈りと支援を生み出していくのである!! 
そして、世界平和がもたらされるのである。国家どうしの憎しみ合いは、他者愛の連鎖の前には消え去るのである。韓国と中国も日本を支援してくれている。他者愛の前には、小林よしのりの未熟な愛国心も何も意味をもたなくなる。我々は、異国=他者であるオバマの演説にむしろ励まされるのである。なぜだろうか?

 リンカーンのスピリットを受け継いだ平和主義者オバマは、言う。
 「私たちは日本とともにいます」と。

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by merca | 2011-04-04 23:17 | 反ニーチェ | Comments(54)

東日本大震災の利他的支援活動が、ニヒリズムの敗北を実証する!!

 人が自発的に他の人の利益になるためにする行動を向社会的行動という。向社会的行動は、端的に利他的行為であり、所謂、あらゆる社会や宗教で善と呼ばれる行為である。今、東日本大震災の発生を機に多くの人々が向社会的行動を行っている。
 被災者同士の助け合い、被災地以外にすむ県民からの支援、世界の国々からの支援があるが、これらは全て義務ではなく、自発的に行われる利他的行為である。災害時には、ほとんどの人たちが、このような自発的善たる向社会的行動をとる。
 しかし、このような人々の善意を蝕んで来た思想がある。それがニヒリズムである。その教祖がニーチェである。ニーチェは、絶対的な善悪の基準は存在しないという馬鹿の一つ覚えで、あらゆる善行を否定してきた。
 東日本大震災の支援のために起こった世界規模の人々の向社会的行動は、ニーチェのニヒリズムからは解釈できない。これは、端的にいうとニヒリズムの敗北である!!
 今回の地震で、多くの人々の中に、ためらいもなく自発的に利他的行動をとる道徳性が内面化されていることが実証されたのである。現代社会の人々は、善悪の基準に迷うことなく、人助け=利他的行動を善きこととし、善行をなしているのである。
 日本中、世界中からよせられている多くの人々の善意のオーラがニヒリズムを粉砕する。善悪の基準は存在しないから、困っている人を助けないというニヒリストは、いないのである。このような現実に準拠するのなら、成熟社会の人たちは、ニヒリズムでは生きておらず、利他的である。社会科学(社会化の理論)からすると、人々は、最初からニヒリズムではなく、利他性を内面化していたのである。
 
 さらに、システム論的にいうと、世界社会において、(利他/利己)という区別コードに準拠したボランティア(コミュニケーション)システムが創発されているのである。善悪という道徳の区別コードは、ボランティア・システムの区別コードである(利他/利己)によって観察されることで、脱パラドックス化され、ニヒリズムを駆逐できるのである。利他的行為は人から人へ伝染していき、善のオーラで世界中が包まれるのである。

 10年ほど前に、少年の猟奇的殺人が連続して起こったことを受けて、モラルパニックがおき、それに釣られて、永井均のような懐疑主義の思想家たちによって、「なぜ人を殺してはいけないのか?」というニヒリスティックな問いが流行ったことがあったが、今やこのような問いもナンセンスで時代遅れである。そして、NHKしゃべり場で殺人は悪くないと豪語していた相対主義の知的若者に次のような光景を見せてやりたい。
 それは、被災地の子供たちが、学校で被災した人たちの世話などをし、助け合いを行って生活している姿である。
 
 ニーチェにかぶれた一部のポストモダンの論客や若者たちは、人々に利他性が最初から内面化している事実をどう扱うのだろうか?
          正しく、ニヒリズムは敗北したのである!

参考
被災した宮城県女川町の中国人「地元の人のおかげで助かった」
http://www.excite.co.jp/News/chn_soc/20110316/Searchina_20110316096.html

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by merca | 2011-03-21 11:13 | 反ニーチェ | Comments(2)