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コロナ自殺の防止 社会福祉士、公認心理師が果たすべき役目(天命)

 全ての社会福祉士、公認心理師たちへ

 もし心あるのなら、その倫理に従い、
 以下のことをボランティアで実行されたい
 あなた方は、見捨ててはならないのです。
 アウトリーチしてほしい

 再度の緊急事態宣言が出された。
 コロナ自殺が増えて来た。
 世界人類が抱えた今世紀最大の苦難である。

 次のような話しがよく聞かれる。

 夢と希望をもって、銀行等から借金をし、長年の苦労が報われ、
 一人の料理人が念願だった自分の店をもった。
 しかし、開店してまもなく、コロナ過が襲って来た。
 必死に店を守り続けたが・・・。
 赤字経営となり、閉店。
 借金を抱えたまま、苦境に立たされる。
 そして、夢も希望も断たれ、自らの無力を感じ、
 借金と引き換えに、妻子を残し、自らこの世を去って行った。
 残された子供は、こう叫ぶ。
 帰って来てお父さん・・・。

 もしこのような状況になり、SOSを発することなく、死んでいった人たちがいたとするのなら
 それを救うのがあなた方の天命です。


 今、コロナ禍で人生にいきづまっている人たちへ

 是非とも、ツィッターで社会福祉士、公認心理師を検索し、
 その人が心ある人だと思ったら、その人にDMで直接SOSを発して下さい。
 相談すること、それはあなたが生きるための権利です。
 きっと、心ある本物の社会福祉士や公認心理師なら、あなたを助けてくれるはずです。
 あなたのSOSを受けとめる優しさと社会的資源につなぐ専門的能力をもっています。
 最後に、もし死にたいと思ったら、その前に、ネットで検索し、パッヘルベルのカノンを聴いてほしい。
 カノンは、あなたの存在を肯定します。

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# by merca | 2021-01-09 16:17 | 反ニーチェ

新型コロナウイルス緊急事態宣言の自粛解除後に自殺増加となった原因について

 新型コロナウイルス感染予防対策における緊急事態宣言中の本年4月から6月は自殺率が前年度より13%ほど下がり、緊急事態宣言解除後の本年7月からは、前年度よりかなり自殺率が増加している。
 これは一体、どういことであるのか?
この事実は、自粛という観点からいうと、下の仮説を実証したかたちになった。

「新型コロナウイルス感染拡大防止による自粛で、逆に自殺者は減少する。(デュルケームの自殺論からの考察)」
 https://mercamun.exblog.jp/30073433/

 緊急事態宣言中の自粛が解かれたことによって、人々には自粛という国民的目的による社会連帯もなくなってしまい、再度、孤立化に向かったためだと思われる。また、仕事や学校が再開し、嫌な対人関係の中で生き辛さを感じてしまう人たちもいたと思われる。
 つまり、緊急事態宣言による自粛による社会連帯や欲望の規制によって抑止されていた自己本位的自殺やアノミー的自殺が、抑止要因がなくなり、増えだしたのである。また、学校や仕事が始まったために、いじめやパワハラなどの嫌な対人関係におかれ、宿命的自殺がおこりやすい状況になったものと思われる。
 また、自粛による諸々の効果によっておさえられていた本年4月から6月の自殺者の数が、そのまま自粛解除後の数字にずれ込んで上乗せされたのではないかと推察される。
 社会学的には、自粛による自殺抑止効果がなくなったことが、本年7月から自殺増加となった原因である。

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# by merca | 2020-11-15 23:57 | 社会分析

「正しさよりもやさしさを」ニーチェへのメッセージ 


 「正しさよりもやさしさを」
 
これは、バッシング社会(排除型社会)への心理学的処方箋である。

多くの人は自分が正しいと思って他者を非難する。
しかし、愛のない正義(道徳)、愛のない権力、愛のない科学は、ニヒリズムに行きつくだろう。

例えば
人々は、正義という道徳的観点から犯罪者を評価し、社会から排除し、更生の機会を奪う。
しかし、それは正しくても、愛はなく、利己的である。
このように、正義に基づいた社会的排除が、かえって再犯を生み出し、被害者を出す。
これは社会学的真理である。

今、必要なのは、正しさよりもやさしさである。

                 ニーチェへのメッセージ

  
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# by merca | 2020-05-27 22:20 | 反ニーチェ

新型コロナウイルス感染拡大防止による自粛で、逆に自殺者は減少する。(デュルケームの自殺論からの考察)

 社会学を知らぬ多くの学者や評論家たちが、新型コロナウイルスによる外出や経済活動の自粛によって自殺者が増えると予測しているが、社会学からすると、これは大きな間違いである。
 対人接触を減少させるために、政府が休業要請や休校要請を行い、経済、教育、娯楽などの活動を停止させ、人々は外出せずに家庭にこもることが続いているが、このような社会全体における一連の自粛行為によって、DV、虐待、失業、経済苦などが起り、自殺が増えると、豪語している学者や評論家が多い。しかるに、これらには全く社会科学的根拠はない。 

 実は、社会学の伝統的立場からすると、新型コロナウイルスによる外出や経済活動の自粛によって、かえって自殺者は減少することになる。社会学の古典であるデュルケームの自殺論からは、自殺は減少すると予測されるのである。

 デュルケームは、集団凝集性の高低と社会統制の強弱によって、自殺を四類型に分けた。すなわち、自己本位的自殺、集団本位的自殺、アノミー的自殺、宿命的自殺である。
 自己本位的自殺とは、社会集団の凝集性が低くなり、対人関係が希薄化し、生きる意味を喪失し、自己否定に至る自殺である。つまり、孤独感や無意味感による自殺である。
 集団本位的自殺とは、集団の凝集性が高く、集団の中に人々が埋没し、集団のために自分の命を犠牲にするというものである。例えば、お家を守るための侍の切腹や宗教的な殉死が該当する。
 アノミー的自殺とは、社会秩序が崩れ、社会規範による社会統制が弱くなり、欲望を制限することができず、際限のない欲望に駆り立てられるものの、決して満たされることがなく、結局、自殺に至るというものである。
 宿命的自殺とは、社会統制が強すぎて、絶望を感じて自己否定する自殺である。例えば、受験や就職に失敗して、社会の勝ち組になれず、この社会では自分の未来はないと思い、自殺する場合がそうである。また、いじめ集団の集団規範から起こるいじめ自殺もこの類型に入る。
 このように、正しくデュルケームは、自殺は個人現象ではなく、社会現象であるという前提に立ち、自殺を分析したのである。

 ここから本題であるが、デュルケームは、戦争が起こると、自殺率が下がることを発見した。
 その理由とは何か?
 それは、戦時には、人々が共通の目的でもって連帯し、孤独感や無意味感から解放され、自己本位的自殺が起こりにくくなり、さらに社会の規制も強くなるので、欲望が制限され、アノミー的自殺も起こりにくくなるからである。近代社会の自殺の多くは、自己本位的自殺とアノミー的自殺であるわけであり、戦時は、これらの社会的原因が除去されることになる。

 さて、してみれば、コロナウイルス感染拡大予防のための緊急事態宣言による自粛と規制も、戦時と同じで、社会が連帯し、大きく欲望が規制されている社会状態になっている。
 また、一人一人の行動が全体に影響を与え、新規感染者が減ったことも明らかである。この社会全体の集合的行動によって、人々は、私は一人ではない、みんなとつながっている、一人一人の行動が社会全体のためになると感じたのである。
 確かに物理的な社会的距離をとり、対面的接触は減ったものの、家にこもったことで孤独になるのではなく、かえって社会的連帯や家族の連帯は高まっているのである。
 逆に、いつもは孤独な人も、社会から存在価値が付与され、自己有用感を得たのである。ひきこもりでさえもである。いやむしろ、家にこもることができる能力を持つひきこもりや仕事をしないニートの存在価値が評価されたのである。逆説的であるが、対人接触しない孤独な人ほど、評価され、社会的価値を付与され、社会的連帯の中に包摂されるわけである。
 さらに、例え失業や破産をしても、その不幸を多数の同じ境遇の人と共有することができるし、周囲も理解を示し、味方になってくれ、乗り越えられるエネルギーをもらえるので、自己否定の自殺に至らない。
 テレワークや休校によって、人々は、集団本位的自殺である過重労働による自殺、宿命的自殺であるパワハラ自殺やいじめ自殺からも解放されたのである。テレワークで労働時間が減ってメンタルヘルスが保持され、パワハラも減るし、いじめられっ子も学校に行かずにすむので、いじめられなくなる。

 今、コロナウイルス感染拡大予防のための緊急事態宣言による自粛や規制によって、デュルケームのいう全ての類型の自殺が起こりにくい状態になっているのである。
 それを裏付けるように、実際に、去年に比べて、緊急事態宣言が始まった今年4月の自殺は減少している。

 社会学の古典的な知見であるデュルケームの自殺論による仮説は、今でも有効なのである。
 
 
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# by merca | 2020-05-25 00:58 | 社会分析

続世界論 

我々は、世界に意味や目的を求めようとする

しかし、

世界には、意味や目的はない

世界は、意味や目的を与えられた途端に閉じてしまい

世界でなくなるからである

世界は、決して誰も支配できない

世界は、大いなる自由である

この大いなる自由の中で、我々は生きている

存在の意味や目的は、自己でもなく、他者でもなく、

その両方でもなく、またその両方を離れてはあり得ない

一切の存在と一切の存在の関係性たる世界から、その都度、

個々の存在の多様な意味や目的が生まれてくる

ただそれだけであるが、それ故に、我々は自由なのである

(ニーチェへのメッセージ)

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# by merca | 2020-04-12 20:42 | 反ニーチェ