はじめに 成熟社会である日本社会において、ニーチェの思想が流行っている。ニーチェの思想の眼目は、絶対的な真理や善悪は存在しないから、それゆえ自分の思うままに何をしてもいいということにつきる。認識論においては、唯一の事実は存在しえず、全ては解釈であるという極端な主観主義をとり、また価値論においては、善悪の基準は人間がつくりだしたものとして、極端な価値相対主義をとる。 ニーチェは、科学も、キリスト教と同じく、真理の存在を前提とする信仰に支えられた思想であるとして、否定している。従って、ニセ科学批判なんてものは、ニーチェにとっては全くのナンセンスな代物ということになろう。そもそも、科学も宗教も真理を前提するという点において、ニーチェにとっては同じなのである。 さて、現代社会科学からすると、ニーチェの思想は、狂人の戯言や妄想にしかすぎない。にもかかわらず、人々に広く流布するのは、それなりの理由があるからである。そして、戯言であっても、それがコミュニケーションされることで、ある種の社会的リアリティをもってくるのである。 ニセ科学批判のような科学主義や通俗道徳に基づく思想が流行る一方で、全く逆の価値観をもつニーチェの思想が流行るという現象が起きている。 成熟社会に適合的な思想は、科学主義(ニセ科学批判)かニーチェ主義かどちらであろうか? このテーマは奥深い。二つの対極にある思想を批判的に分析し、そして、どちらも止揚・相対化することが社会学の使命である。 私は、これまで科学主義やニセ科学批判に対する批判を、くどいほどしてきたので、私をニーチェ主義者=相対性原理主義者と同じであると勘違いする人たちもいるかもしれない。私はニーチェのような単純な相対主義者でもなく、また科学主義者のような単純な絶対主義者でもない。 いずれにしろ、しばらくニーチェの思想を批判していき、その虚構性と欠陥を暴き、ニーチェに騙されている人たちを覚醒させたいと考えている。そのために、当ブログにおいて反ニーチェ講座を連載していきたい。 反ニーチェ講座 第一回 「ニーチェは死んだ」 絶対的真理や絶対的善悪は存在しないから、それらは必要ないし、自由に生きればよい。ニーチェはこのように喝破し、キリスト教や科学を批判する。 ところが、どうだろうか? 真理や善悪を追い求める人間は減るどころかポストモダン社会である現在においても存在し続けている。例えば、真理や善悪=人生の意味は要らないから、今をまったりと生きようと若者に呼びかけた宮台真司のまったり革命は、見事に頓挫した。意味を求めずにうまく今をまったりと生きているはずであったコギャルたちが、結局、メンへル系や自傷系へと落ち込んでいった。つまり、完全に意味を求めない生き方は、どこか無理が生ずるのである。成熟社会では、完全に意味を放棄すると、過剰流動性の中で自己を見失い、超人どころか、廃人となってしまうのである。まったり革命の失敗が、現在の宮台思想の保守化への転向の契機となったのである。 ちなみに、仏教では、無意味=空無に執着する物の見方を但空観といい、偏った段階の思想として否定されることになる。 実は、真理や善悪は不可能であるが、人間の生や社会にとって必要不可欠な観念なのである。真理や善悪という物語をもつことで、人は動機付けられ、他者と適切なコミュニケーションをとることができ、社会は秩序が与えられるのである。自我統合と社会統合は、真理と善悪なしには、あり得ないのである。 社会学や心理学を学ばなかったために、こんな単純なことも、ニーチェはわからなかったのである。虚構でもいいから、真理や善悪があることで、人は意欲的に動き、社会は回るのである。 現代社会では、科学が真理を独占し、人権思想(民主主義)が善悪を独占しているのである。科学も人権思想も一つの虚構ではあるが、それを全否定することはできず、人々の社会生活にとっては必要なのである。社会学の立場からすると、虚構は機能することでかえって真理となるのである。このような社会学上の妙理を悟ることができなかったことがニーチェの限界であり、欠陥でもある。 科学と通俗道徳を真理・善悪とみなし、それらに動機付けられ、意欲的に動いている人たちがいる。ニセ科学批判者たちである。ニーチェの提示する生き方とは逆のベクトルである。科学と通俗道徳によって自我統合と社会統合を達成した人たちである。ただ、科学と通俗道徳が絶対的だと思い込んでいる点において、限界があるが、ある意味、科学と通俗道徳が機能しているわけである。 まとめると、過剰流動性のある成熟社会では、意味を求めない生き方=超人は、必ず、心の病にかかり、ひどい場合には廃人となる。ニーチェの思想は成熟社会では、通用しないのである。まさしく、ニーチェは死んだのである。 人気blogランキングの他ブログも知的に面白いですよ。 人気blogランキングへ
by merca
| 2011-03-06 23:53
| 理論
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