私は、先のエントリーで、内海医師の精神医学批判がニセ科学批判であると認定した。その理由は、以下のとおりである。
理由 内海医師のいう精神医学(薬物治療)はニセ科学の定義に合致している。そして、内海医師はそのような精神医学に対して批判を行っている。それ故、内海医師による精神医学批判はニセ科学批判である。 私が採用するニセ科学の定義は、第一世代のニセ科学批判者たちが作成した定義に基づいている。 「ニセ科学批判まとめ%作成中」 http://www39.atwiki.jp/cactus2/pages/14.html 同サイトの定義によると、 条件その1 「科学でないもの」のうち、反証可能なだけではなく、すでに反証されてしまっているもの (間違った科学)に該当する。内海氏の指摘に従えば、精神医学における薬物療法の根拠であるセロトニン仮説は、すでに否定された仮説である。 条件その2 「科学を装っているもの」にも該当する。次のうちに一つでも該当すればよいという。 1 情報の発信者が科学だと誤解させる意図を持っているもの。 通常、近代医学は科学であるが、近代医学の1部門として精神医学が存在することになっている。大学に精神医学という学問が科学として存在している。 薬物療法の根拠であるセロトニン仮説が間違った科学であるにもかかわらず、多くの医者がそれが科学的に正しいと宣伝している。医者自身が間違った科学だと思わずに科学と思って誤解し、その誤解に基づいて患者に指示する。社会ぐるみの誤解であり、「精神医学は科学である」というのは迷信と機能的等価である。 2 通常の理解力と常識をもってしても科学であると誤解しうるもの。 医学を知らない一般人は、当然のごとく、精神科医の治療が科学的根拠に基づいていると信じているわけであり、だからこそ精神状況に変調を感じたら精神科医を訪ねる。 3 実際に誤解した人が無視できない数存在すること。 精神病患者の数だけおり、その数は膨大である。 このように「ニセ科学批判まとめ%作成中」というニセ科学批判者たちのバイブルに従うと、精神医学の薬物治療は、条件1と条件2に該当し、ニセ科学ということになる。セロトニン仮説に基づいて投薬治療を患者にすすめることは、間違った科学であることがわかった後も「間違いではない(可能性がある)」と強弁していることになり、ニセ科学となる。 しかし、このように内海氏の精神医学批判がニセ科学批判に該当するにも関わらず、どうやらニセ科学批判クラスタにとっては、ニセ科学批判として見なすことに反対であることが明確になった。私が考えるに、それは以下のような理由によると考えられる。 1 ニセ科学批判認定権の独占化 社会コミュニケーション論的には、今回の精神医学批判=ニセ学批判であるという発見が、ニセ科学批判批判者である私こと論宅を介して発せられたことにより、先入観を持つニセ科学批判クラスタたちが拒絶反応を起こし、同調しなかった。 もしこれがニセ科学批判顧問の菊池氏やニセ科学批判クラスタのリーダーのNATROM氏から発せられたのであれば、すぐさまニセ科学批判として認定され、幅広く流布し、ホメオパシーどころではなくなり、内海氏の精神医学批判活動の追い風となったであろう。 社会心理学におけるコミュニケーションの二段の流れ説からすると、オピニオンリーダーの解釈評価に左右されることになるわけである。つまり、何がニセ科学であり、何がニセ科学批判であるかという認定権は、ニセ科学批判クラスタのオピニオンリーダーたちに握られているのである。その意味で、様々な論者が自由にニセ科学批判をする権利はなく、ニセ科学批判の自らの思想的可能性を狭めている。 ちなみに、あまり知られていないが、実は、私もニセ科学批判をしたことがある。バクスター効果、人工意識に対するニセ科学批判である。 2 ニセ科学批判はいつも正しくなければならないという固定観念。 科学が間違うことがあるのと同様に、ニセ科学批判も間違うことがある。間違ったニセ科学批判もニセ科学批判である。(内容/形式)という区別に準拠していうと、非科学であるにもかかわらず、科学を装うものを批判するという形式的定義に合致すれば、ニセ科学批判となる。仮に内容的に内海氏の精神医学批判が間違っていも、形式上、ニセ科学批判となる。 はなからニセ科学批判は内容的に無誤謬であるべきであるという必要はない。民主的に、議論の上、結論を出せばいい訳である。ニセ科学批判クラスタたちが、はなから自己のニセ科学批判は正しくなければならないという固定観念があるために、自分たちが間違っていると思うニセ科学批判を排除してしまっている。内容が間違いであろうがなかろうが、形式的・手続き的にはニセ科学批判であれば、内容はあとの問題なのである。 ニセ科学批判が絶対主義だと批判を受けるのは、このような理由にもある。正しくなくても、ニセ科学批判に分類されるものをニセ科学批判として組み込む包容力にかけているのである。 3 ニセ科学批判クラスタのニセ科学批判の目的は、既存の科学的権威による秩序維持であるため。 放射能被害についてニセ科学批判クラスタは、放射能安全を強調する側=原子力安全神話側にたっている。つまり、真摯な科学を捨てて、既存の社会秩序が壊れてパニックにならない方向を応援する傾向にある。既存の社会秩序維持のために必要な学説を防御しようとしている。早川教授は、次のようなエントリーでその本質を射抜いている。 ニセ科学批判運動の真の目的 http://kipuka.blog70.fc2.com/blog-entry-508.html 同じく、既存の薬物治療を中心とする精神医学の科学性が否定されると、これまでの精神医学の科学的権威が崩壊し、精神医療の世界の秩序が乱れ、パニックを起こすおそれがある。そのような反体制的な精神医学批判をニセ科学批判として認めることはできないわけである。だから、これまで否定しても社会的影響のほとんどないカルト傾向のあるトンデモ学説がニセ科学批判のターゲットになってきたのである。内海医師のように巨大な科学的権威に反抗する勇気はない。 結論をいうと、ニセ科学批判クラスタは、内海氏の精神医学批判を批判することで、ニセ科学批判批判をしていることになるである。ニセ科学批判者はニセ科学批判批判者に変貌することがわかった。 形式に準拠する私のようなニセ科学批判批判者とは異なったかたちで、内容に準拠してニセ科学批判批判をしているのである。自らがニセ科学批判批判者となっていることに、ニセ科学批判クラスタは気づいていないのである。 追加 平成25年2月10日現在で「ニセ科学批判」というワードをグーグル検索したら、社会学玄論がトップに出てきた。すでに、ニセ科学批判に最初に興味をもった人たちは私のブログをまず閲覧することになる。皮肉なことであるが、これで新しいタイプのニセ科学批判の流派が誕生するかもしれない。 人気blogランキングの他ブログも知的に面白いですよ。 人気blogランキングへ
by merca
| 2013-02-09 11:25
| ニセ科学批判批判
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Comments(329)
実を申しますと、社会構成主義の考えからすると、そもそも、うつ病という病気は、物理的実体としての脳画像診断に基づかず、医者の診察による症状のみの記述で構成された一つの概念的構成物です。それをあたかも、物理的実体としての脳神経の障害と結びつけることに無理があります。
概念的構成物であるかぎり、診断において個々の医者の恣意性を免れません。抗うつ剤の二重盲検についても、うつ病の患者をサンプリングして対象としていると言いますが、そもそも、うつ病そのものが実体のないものなら、うつ病に効くということも言えないと思います。 物理的実体のある高血圧やコルステロールの測定とは全くことなります。 物理的実体のある肉体的疾病とは異なり、精神病は実体的根拠がないので、調査対象の恣意的抽出にさらされます。このような社会調査法では当たり前の事実に無知であるために、精神薬の二重盲検査が無条件で正しいとキングさんは思い込んでいるわです。
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「2. 数千、数万の無作為に抽出したサンプルでたまたま
真薬投与群すべてにおいて同じ環境変化がありそれが 鬱の治癒に奏功した。」 無作為抽出ではなく、明らかに医者によってうつ病のレッテルを貼られた標本集団です。患者なので医療の措置を受けているわけであり、もし医者が医療マニュアルに従って同じような措置や処遇をしているとすると、その結果として同じような環境変化は十分に起こりえます。 例えば、ストレスを緩和するために規則正しい生活や睡眠をよくとることなどを多くの医者が指示しているとすると、生活改善という環境変化で治療効果があったことも考えられます。 医療教育におけるうつ病の教科書の内容がほぼ同じならば、ほとんどの医者が同じように措置をとり、その結果、同じような生活指導による環境変化が起こりえます。
詳しくは、NATROMさんや、きんぐさんが反論されるでしょうから端的に。
うつ病の診断がある程度恣意的にせよ、 結局はそのグループを無作為に分けるので問題ないと考えられます。 うつ病を概念的構成物と考えても、現実的にはクライアントは気分の落ち込みなどの症状に苦しんでいます。 恣意性を免れないのは事実としても、だからといって診断も治療も意味がないと言ってしまっては何も解決せず建設的ではありません。 また、プラセボ群にも真薬群と同様の措置をします。 基本的に相違点は、薬効があるか無いかだけにします。
発言訂正
Commented by merca at 2013-04-21 17:12 x ワクチン治療の話とか、自分たちの有利な土俵に誘導するための質問が多いので答えるのに苦労しますが、 本質的な話をすると、精神医学における投薬治療が、セロトニン仮説が実証されていないのに、あたかも実証されているように装われ、患者を騙してきたことが事実であれば、ニセ科学批判に該当するということです。 以上を以下のように訂正します。 Commented by merca at 2013-04-21 17:12 x ワクチン治療の話とか、自分たちの有利な土俵に誘導するための質問が多いので答えるのに苦労しますが、 本質的な話をすると、精神医学における投薬治療が、セロトニン仮説が実証されていないのに、あたかも実証されているように装われ、患者を騙してきたことが事実であれば、ニセ科学に該当するということです。
三角さんへ
測定すべき対象をそもそも測定していないわけであり、その後のグループ分けがいくら無作為でも、やはり無効だと言わざるを得ないでしょう。
> 測定すべき対象をそもそも測定していないわけであり、
> その後のグループ分けがいくら無作為でも、やはり無効だと言わざるを得ないでしょう。 いいえ。 測定すべき対象というのはうつ病に苦しんでいる人、です。 もう少し考えてほしいです。
> では、根本的なことを言いましょう。
うーん。 根本的なこと、というより、あまりにも当たり前すぎて 説明しなくてはいけないとはまったく考えていなかったことを 説明しなくてはいけない、ということか。。。。 うつ病自体を否定されてるんですか? DSMやハミルトンの尺度によってうつ病と診断された人が 苦しんでいるのは事実です。 それを投薬によって改善できるかどうかです。
> 例えば、ストレスを緩和するために規則正しい生活や睡眠をよくとることなどを
> 多くの医者が指示しているとすると、生活改善という環境変化で治療効果が > あったことも考えられます あのう・・・ 本気で言ってます?自分で言っていることやこれまでの議論を ちゃんと理解していますか? 二重盲検では、さっきも言いましたけど、 真薬で効いた場合にのみ効果ありとされます。 偽薬でも同じように効いた場合は薬の効能は否定されるんですよ? そこんとこ理解してます? 理解していたら、 上記のコメントは 真薬の投与群にのみ、ストレス緩和などの生活改善を 指示している、ということですか? 医者は真薬か偽薬か知らないのに?
ふう。
そんな生活改善指導なんて、真薬群も偽薬群も同じように行ってます。 当たり前のようにわかりそうなもんだけどわかんなかったのかな・・・ うつ病診断の恣意性について問題視しているようですが、 現実に苦しんでいる患者を否定しているようにしか見えないのですが。 DSMやハミルトンの尺度によってうつ病の診断を受けた人が 投薬によってまた同じ物差しのDSMやハミルトンの尺度に照らしても 改善しているようであれば、それは意味のあることだと 思いませんか? NATROMさんも言っていますが、医学は実学です。 苦しんでいる人を助けられるかどうかだけが問題です。 うーむ。 NATROMさんも言っていますが、医学は実学です。 苦しんでいる人を助けられるかどうかだけが問題です。 うーむ。
付け加えておきますが、
ぼくは二重盲検を100%のすばらしい調査法だ、とまでは言いません。 三角さんやNATROMさんの指摘にあるように盲検性が解除されることも ある、というのは今回のこの議論で知りました。 だから二重盲検の否定的な意見もあってもいいと思いますよ それこそ盲検性の解除の話のように。 それが正しいと思えば僕はすぐにでもその考えを取り入れます。 けど mercaさんの指摘はすべてがすべて 的を外しすぎです。 はずしどころ、分かりにくいところ、というよりは 端から理解することを拒否し、是が非でも 二重盲検試験を否定しようとしているかんじ。 それがいかに非論理的であろうとも。 もう少し考えて発言してほしいですよ・・・本当に。
まずは、mercaさんが答えられずに逃げた質問について、まずは再掲いたします。
(1a)ワクチン治療についてほとんど知らないのに、由井寅子氏のワクチン批判のみを知って、「由井寅子氏によるワクチン批判はニセ科学批判である」と主張するのは正当ですか? (1b)精神医学についてほとんど知らないのに、内海医師の精神医学批判のみを知って、「内海医師による精神医学批判はニセ科学批判である」と主張するのは正当ですか? (4c)セロトニン作動性抗うつ薬について二重盲験無作為化比較試験およびメタ解析の結果を示しました。この結果を踏まえて、「もし薬物治療で改善した人がいたとしても、それが本当に薬物治療のおかげかはわかりません」「治ったとしても、環境改善で治ったのに、薬で治ったと思い込む認知バイアスが生じるからです」という言葉の意味についてご説明をお願いします。
既に複数のツッコミが入っていますが、「治療効果を判定する際に患者独自の主観的判断が介入する」からこそ、二重盲検法が必要なのです。mercaさんは二重盲検法の意義についてまったく理解していないと言わざるを得ません。mercaさんが上記(4c)の質問から逃げ続けているのもそのためです。
非盲検の比較試験であれば、「治療で治ったと思い込む認知バイアス」や、「治療をしていただいたのだから良くなったと回答しなければ申し訳ないという気持ち」などから、治療にまったく効果がなくても効いたように見えてしまうバイアスが生じえます。「臨床体験の豊富な医者の直感」であっても、「薬を使ったから良くなったであろうという先入観」から効果判定に歪みが生じます。 こうしたバイアス・歪みを取るための方法が二重盲検法です。二重盲検法を理解さえしていれば、2013-04-21 17:10のような主張は出てきません。違うと仰るのなら、上記(4c)への明確な回答を願います。
ちなみに、非盲検で抗がん剤の効果を評価することがありますが、その場合は全生存などの「物理的に判定できる」アウトカムを使います。一方で、生活の質(QOL)のような「患者独自の主観的判断が介入する」アウトカムを評価したいのであれば、二重盲検法が望ましいです。mercaさんの論理だと、精神医学のみならず、QOLに関する医学論文は全部「ニセ科学」なんでしょうな。
「薬を投与した後に、生活環境を統制する必要があります」のコメントについては、mercaさんが二重盲検法のみならず、無作為化試験の意義すら理解していないことを示しています。なるほど、「患者の環境が改善され、ストレス要因が減り、うつ状態が改善したということもあり得る」でしょう。でもそれは対照群でもそうでしょう。対照群と比較して統計学的に有意に「うつ状態が改善した」例が多い場合に、介入治療の効果ありと判定されるのです。
別のエントリーにおいて、「私流に結論を言うと、多くのうつ病は、社会病理学や臨床社会学によって治るのである」とmercaさんは仰っていますが、いったいどのような方法で、「社会病理学や臨床社会学によって治る」と判定したのですか?コメント欄でも質問したのですが、お答えがありません。無作為化された二重盲検法でも治療の効果判定ができないと主張する人が、いったいどのような方法で「社会病理学や臨床社会学によって治る」などと結論したのか興味があります。どうせ答えられずに逃げるのでしょうが。
>セロトニン不足がうつ病の単一原因あるいは必要条件であると患者に装うのは、何度も言いますが、うつ病に対してほとんどの精神科医が仮説だと言わずにすぐに精神薬を使用することが論拠です。
既に指摘しましたが、セロトニン不足がうつ病の単一原因あるいは必要条件でなくても、セロトニン作動薬がうつ状態を改善するのであれば、臨床医はセロトニン作動薬を使用します。mercaさんは以下の質問に答えてください。 (6d)高血圧に対してほとんどの内科医がすぐに塩分制限を指導するのであれば、塩分過多が高血圧の単一原因あるいは必要条件であると患者に装っていることになるのでしょうか? 「セロトニン不足はうつ病の単一原因ではないのだから、セロトニン作動薬をうつ病治療の第一選択とするのはいかがなものか」という主張ならよく理解できますが、mercaさんの理解はその水準すらに達していません。 >専門家によるニセ科学のほうが明らかに社会問題としては被害が大きく重要 内海医によるニセ科学は社会問題としては被害が大きく重要ですね。一方で精神医学はニセ科学ではありません。
>軽度のうつ病については、プラセボ効果を利用しても治癒するということなら、うつ病が脳の障害ではないことになり、
なりません。なぜにプラセボ効果で治癒するなら脳の障害でないことになるのですか? >科学的に抗うつ剤が治療効果があると実証されているのなら、基本的にセロトニン仮説は科学的事実であり、仮説ではないことになりやしないかと思われます。 「うつ病にセロトニンが(多かれ少なかれ)寄与している」という説は実証されており、科学的事実と言っていいと思います。問題は「うつ病にどの程度セロトニンが寄与しているか」という話です。「セロトニン不足はうつ病の単一原因だ」と信じている医学者はこれまでもこれからもいません。一方で、「セロトニン不足はうつ病にまったく寄与していない」という医学者もいません。程度問題です。以前はセロトニン不足はうつ病の(単一ではないにせよ)主要な原因だとされていたのが、徐々にいろいろな知見が積み重なって、「主要とまでも言えないんじゃないかなあ」とされつつあるってところじゃないんですかね。科学が進歩する普通のプロセスです。
>治療効果があっても仮説のままに留まるというのは矛盾しているように思われます
別にセロトニン不足がうつ病の主要な原因ではないかもしれないにせよ、原因の一部として寄与してるのであれば、セロトニン作動薬が効いてもおかしくはありません。全然矛盾していません。高血圧の原因として、塩分過多は単一の原因ではないし主要な原因ですらありませんが、塩分制限は高血圧に効きます。それと同じ。 mercaさんは、病気の原因は複雑なものであるということを、ご理解しておられないのでは?
三角さんの指摘でも十分だろうとは思いますが。
(7)「医者の主観によって病名はラベリングされる」ことを問題にするというのであれば、精神医学全体がニセ科学であると、そうmercaさんは仰っておられるのですか? mercaさんの主張は典型的な反精神医学の主張です。それこそサイエントロジーと同類です。「うつ病治療に対する薬物治療の有用性」という精神医学の一部に対する批判ではなくなっています。
軽症のうつ病に対して、非薬物治療の有用性についてはもっと評価されるべきであると私は考えています。たとえばの話、軽症うつ病に対する無作為化試験(原理的に非盲検となるが)が行われ、標準的な薬物治療群と比較してカウンセリング群(なんだったら「社会病理学や臨床社会学」による治療でもいいよ)のほうがハミルトンうつ病評価尺度でうつ病の改善が見られたとしましょう。これはカウンセリングが軽症うつ病に対する第一選択治療として採用されるべきエビデンスになりますが、mercaさんの主張に従うと、この研究は正確な調査ではないことになりますね。
確かにかつては(あるいは今でも)精神医学について医療化の問題があり、それに対する批判や改善は必要ですが、反精神医学となるとまったく別問題です。風邪に安易に抗生剤が処方されていることに対して批判や改善は必要ですが、だからといって感染症に対する抗生物質の使用を全否定するのは全く別の問題であるのと同様です。
私宛へのコメントに対して返信しておきますね。
100人の気分の落ち込みを感じ苦しんでいると主張する人がいて、 その人達を診断し、10人の人を誤ってうつ病と診断したとします。 その人達を無作為に真薬グループと偽薬グループに分けると、 理論的には、誤診した人達は5:5に分かれます。 そのため、真薬グループと偽薬グループは同一のグループとなります。 結果として、真薬グループと偽薬グループの効果の相違は、 グループの偏りではなく、薬効に帰せられます。
論宅です。
一遍に答えることができないので、とりあえず、今日は、興味あるコメントに反応します。 「別にセロトニン不足がうつ病の主要な原因ではないかもしれないにせよ、原因の一部として寄与してるのであれば、セロトニン作動薬が効いてもおかしくはありません。全然矛盾していません。高血圧の原因として、塩分過多は単一の原因ではないし主要な原因ですらありませんが、塩分制限は高血圧に効きます。それと同じ。」 うつ病が多原因だとすると、セロトニン不足を原因とするうつ病と、それ以外の原因によって起るうつ病が存在することになります。セロトニン不足を原因としないうつ病に対して、抗うつ剤を使用するのは間違った治療していることになります。なのにほとんどの医者はうつ病に対して薬物治療をします。 NATROMさんが主張するうつ病の多原因説が正しければ、現代精神医学の画一的な薬物治療はやはり批判されるべきだと考えます。セロトニン不足を原因としないうつ病があるのに、ほとんどの医者が薬物治療をするために、患者はセロトニン不足が単一原因だと錯覚し、医者に騙されるわけです。
しかも、セロトニン不足が原因でないうつ病患者は、長期間薬を飲み続け、いつまで立っても完治しません。そのような問題が顕在化しているために、宮島医師や菊地医師のように薬を使わない精神科医たちが登場してきています。
この問題と絡んで、一つ質問にお答えしますと、社会的要因や心理的要因によるストレスを原因とするうつ病については、社会的要因を分析し、除去することで治癒する訳であり、自ずと社会病理学や臨床社会学によって処方箋を出すことが理論的に可能となります。例えば、家族関係で悩んでうつになっている人には家族関係の調整をし、職場関係で悩んでいうつになっている人は職場環境の調整をします。対人スキルと価値観に問題があって対人環境に適応できずにうつになっている人には、SSTや価値観改善を行います。うつの原因が社会的要因の場合は、薬ではなく、社会的要因の除去が治療の処方箋となり得ます。
三角さんへ
真薬グループにも偽薬グループにも、セロトニンを原因とするうつ病がある一定の割合で含まれていると考えると、確かに統計的に有意な差があると治療効果があるように見えます。しかし、実は真薬グループの全ての患者に効果があったわけではなく、効果がなかった患者もいるわけです。真薬グループの患者で効果がなかった患者は、セロトニン不足以外の原因のうつ病患者だと思われます。 一部のうつ病患者にのみ効果があったと言うべきであり、全てのうつ病に効果があったことにはなり得ません。抗うつ剤がうつ病に効果があると一般化したいのなら、全てのうつ病患者に効果があったという実験データが必要になります。 統計学を知らない無知な人は、二重盲検法による統計トリックに騙され、短絡的に全てのうつ病患者に抗うつ剤が効果があると勘違いしてしまいます。 一部のうつ病患者には抗うつ剤は効果があるというべきなのに、うつ病一般に効果があると結論してますね。二重盲検法で心理バイアスを排除し、統計的に有意な差が出ても、うつ病一般に効果があるとは到底言えませんのにおかしいです。抗うつ剤がうつ病一般に効くことは全く実証されていません。
取り敢えず、私宛のコメントだけに返信しておきます。
おっしゃることはその通りだと思いますが、私は全てのうつ病に効果があるとは言っていません。 エビデンスを見れば分かるように、何割かの人には効果がありません。 mercaさんが誤解しているだけです。
mercaさんの臨床医学に対する無理解が著しいので、指摘する方も大変です。順番にいきましょう。
>うつ病が多原因だとすると、セロトニン不足を原因とするうつ病と、それ以外の原因によって起るうつ病が存在することになります そうかもしれませんが、そうとは断言できません。一番単純な反論は、「すべてのうつ病にセロトニン不足は寄与しているが、その寄与の程度には差がある。たとえば、患者Aについてはセロトニン不足の寄与の程度は80%ぐらいだが、患者Bについては10%程度であるといった具合に」。臨床医学に対する無理解というよりも論理的思考能力の不足といったほうがいいかもしれません。なお、面倒なので詳細は述べませんが、現実の疾患はもっと複雑です。
>セロトニン不足を原因としないうつ病に対して、抗うつ剤を使用するのは間違った治療していることになります。
どの患者がセロトニン不足が原因かどうか(あるいはセロトニン不足の寄与の割合が多いか)、臨床的に容易に判別が可能であれば、セロトニン不足でない(寄与の程度が少ない)患者にセロトニン作動薬を第一選択として処方するのは間違いということになります。しかしながら、どの患者がセロトニン不足かどうかの判別が困難であれば、たとえセロトニン不足ではないかもしれなくてもセロトニン作動薬を処方するのが合理的という場合もあります。 ここでmercaさんが逃げて答えられなかった質問を再掲しておきましょう。 (6d)高血圧に対してほとんどの内科医がすぐに塩分制限を指導するのであれば、塩分過多が高血圧の単一原因あるいは必要条件であると患者に装っていることになるのでしょうか?
高血圧は多原因であり、塩分過多を原因とする高血圧(食塩感受性高血圧)と、それ以外の高血圧が存在するとしましょう(実際には寄与の程度には連続性があだろうが説明のために単純化する)。mercaさんの論理では、塩分過多を原因としない高血圧に対して減塩を指示するのは「間違った治療」であり、ほとんどの医者は高血圧に対して画一的な減塩指導を行うのは、患者を騙していることになるわけです。mercaさんの論理はとんでもなく間違っていることをご理解いただけますか。
食塩感受性高血圧が容易に判別可能であれば、食塩感受性高血圧に対してのみ減塩指導を行えばよいわけです。原理的には遺伝子検査をすれば判別できるのかもしれませんが実際には非現実的です。現実的な対応は、緊急に降圧を要しない初診の高血圧に対しては、画一的に減塩指導(およびその他の生活改善指導)を行います。非食塩感受性高血圧の患者さんに対しては減塩指導は効きませんが、これは「間違った治療」ということになりません。減塩指導で降圧しないまたは不十分であった場合に、改めて別の手段を検討すればいいだけです。
非食塩感受性高血圧の患者さんに対して漫然と減塩指導のみを行っていれば高血圧は改善しません。もしそういう内科医がいたとして、単にその内科医がヤブだというだけで、内科学がニセ科学だということにはなりません。うつ病の患者さんに漫然とセロトニン作動薬のみを処方している精神科医がいたら、単にその精神科医がヤブであって精神医学がニセ科学だということにはなりません。
そもそも、うつ病の患者さんに漫然とセロトニン作動薬のみを処方している精神科医は存在しません。ヤブの精神科医は、セロトニン作動薬以外の抗うつ薬も山ほど処方しているでしょう。安易な多剤大量処方はどうぞ批判してください。というか精神医学内部でも批判されています。「風邪に抗生剤が処方されているからといって感染症学がニセ医学ということにはならない」のと同様に、「うつ病に安易な多剤大量処方がなされているからといって精神医学がニセ科学ということにはならない」のです。 内海医師は、たとえるなら、「抗生剤はまったく不要だ」として感染症学全体を否定するトンデモさんです。風邪に抗生剤が処方されている現実を批判するためにそんなトンデモさんを持ち出す必要はありません。
>一部のうつ病患者にのみ効果があったと言うべきであり、全てのうつ病に効果があったことにはなり得ません。
三角さんが既に述べていますが、「全てのうつ病に効果がある」なんて誰も言っていませんがな。典型的な「架空のわら人形批判」ですな。mercaさんのその論法を使えば、精神医学に限らず、ほとんどすべての現代医学の成果にケチをつけることができます。(ex. 「慢性C型肝炎に対するインターフェロン治療は、一部の患者にのみ効果があったと言うべきであり、全てのC型肝炎に効果があったことにはなり得ません」)。すべての患者に効かなくても全体的に治療のメリットがデメリットを上回れば臨床医はその治療を行います。
>統計学を知らない無知な人は、二重盲検法による統計トリックに騙され、短絡的に全てのうつ病患者に抗うつ剤が効果があると勘違いしてしまいます。
それは、mercaさんが自身が統計学を知らない無知な人であって、二重盲検法による統計トリックに騙され、短絡的に全てのうつ病患者に抗うつ剤が効果があると勘違いしていたということですか?「全てのうつ病患者に抗うつ剤が効果がある」とmercaさんが勘違いをしていたと考えれば、「全てのうつ病に効果があったことにはなり得ません」などと今さら言い始めた理由がよくわかります。 >社会病理学や臨床社会学によって処方箋を出すことが理論的に可能となります。 エビデンスはありますか?臨床試験の結果は?「全てのうつ病患者に効果があったという実験データ」はあるんでしょうね?
社会科学を勉強している者です。率直な感想を。
NATROMさんは、プログ主さんの記事を全く読んでいないよ。うつ状態の原因が社会的なものなら、エビデンスとは関係なく、その社会的原因を除去したら治るのは論理的に正しいぞ!! 色々と論理のもっていきかたがおかしいし、変だな。自分の都合のよいように語っている。ブログ主が答えないのは、あたりまえだよ。 「全てのうつ病患者に効果があったという実験データ」がないのは、抗うつ薬も同じじゃん。頭悪いな。
論宅です。
パーソ二アンさんの視点は、かなり客観的だと言えます。 実は、うつ病のストレス仮説はセロトニン仮説よりも支持されています。時折、睡眠と休養をとるようにと良心的な精神科医が指示するのはストレス仮説に基づいています。ストレスの原因には、仕事、育児、家族関係、失恋、引っ越し、人間関係など、様々な社会的要因に基づくものが多いです。うつ病のストレス仮説が実証されているのなら、社会病理学や臨床社会学の知見に基づき、社会的ストレス要因の除去がうつ病の治療に役立ちます。当たり前すぎて何も言えません。 セロトニン不足を原因とするうつ病よりも、ストレスを原因とするうつ病の方が多いのではと思います。
精神医学の薬物治療におけるセロトニン仮説を否定する書物は沢山あり、何も内海医師のものだけには限りません。
それらの学者の書物を読む限り、かなりセロトニン仮説は怪しいと思わざるを得ません。 アービング・カーシュの「抗うつ剤は本当に効くのか」においては、二重盲検法を行っても、結局、真薬の副作用による盲検破りによって臨床実験は有効性がないと結論付けています。 また、効果がなかった臨床実験を作為的に隠して統計を歪めるという事実、すなわち公表バイアスの問題が大きいですね。これは私が指摘した以下のコメントに該当します。 「医者と患者の関係を鳥瞰する第三者が観察し、調査するわけですが、その第三者による観察の仕方が公正かどうかが問われます。第三者が特定の目的をもって調査するのなら、その目的にそって歪められて効果が解釈されることがあります。」 公表バイアスは、正しく製薬会社の利益追求によって客観性が歪められた事例です。このようなことが事実だとしたら、臨床実験で抗うつ剤の効果があるから販売されていると信じてしまうNATROMさんは安易すぎます。ニセ科学に騙される人と同じですね。
反薬物治療の書物については、アービング・カーシュの「抗うつ剤は本当に効くのか」だけではなく、
「精神疾患は脳の病気か?―向精神薬の科学と虚構」 エリオット S.ヴァレンスタイン著 「心の病の「流行」と精神科治療薬の真実」 ロバート・ウィタカー著 などがあります。この辺の書物は、学術的であり、セロトニン仮説を批判し、薬物治療に否定的です。 一度、読まれてから、私の記事を再読されれば、納得いく方も多いと考えられます。 専門家によるニセ科学に騙されないために、補充すべき知識だと考えられます。 カルトによるニセ科学を断罪するのは人々の支持を得やすいが、国家ぐるみの科学的権威によるニセ科学を断罪すると、逆にカルトやトンデモのレッテルを貼られます。そして、知識社会学的には、残念なことに、現状のニセ科学批判が体制維持イデオロギーとして機能しています。
パーソ二アンさんへ
>うつ状態の原因が社会的なものなら、エビデンスとは関係なく、その社会的原因を除去したら治るのは論理的に正しいぞ!! 後述するようにうつ状態の原因が社会的なものだとしても、その社会的原因を除去しても必ずしも治るとは限りません。それはそれとして、「社会的原因を除去したら治るのですか?治るとしてどのような方法でそのことを確認したのですか?」とプログ主さんに質問したのですよ。でも答えがありません。 パーソ二アンさんが代わりに回答してくださってもいいですよ。
>「全てのうつ病患者に効果があったという実験データ」がないのは、抗うつ薬も同じじゃん。頭悪いな。
「全てのうつ病患者に効果があったという実験データ」がないのは、抗うつ薬も同じですね。しかし、思い出して欲しいのは「治療Aに効果があると一般化したいのなら、全ての患者に効果があったという実験データが必要だ」という論理を持ち出したのは、他でもないプログ主さんです。医学について最低限の知識がある人は、「全ての患者に効果があったという実験データ」は不要で、質の高い比較試験があればいいと考えます。 「全ての患者に効果があったという実験データが必要だ」という阿呆な論理を持ち出したブログ主さんが、社会病理学や臨床社会学がうつ病に効果があると言い始めたので、「当然、全て患者に効果があったという実験データがあるんだよね」と皮肉を返したのです。ご理解できましたか?社会科学を勉強している人には難しすぎたかな?
パーソ二アンさんに質問です。どうせ答えられずに逃げるか、あるいはブログ主さんとまったく同レベルの回答しかできないでしょうけど。
(1)「抗うつ剤がうつ病に効果があると一般化したいのなら、全てのうつ病患者に効果があったという実験データ」が必要になるとお考えですか? (2)「インターフェロン治療が慢性C型肝炎に効果があると一般化したいのなら、全ての慢性C型肝炎に効果があったという実験データ」が必要になるとお考えですか? (3)「社会病理学や臨床社会学がうつ病に効果があると一般化したいのなら、全てのうつ病患者に効果があったという実験データ」が必要になるとお考えですか? 社会病理学とやらがうつ病に効果があってもおかしくはないと私は思うけど、少なくとも比較試験のデータは必要でしょうね。「全てのうつ病患者に効果があったという実験データ」どころか比較試験のデータすら出せないでmercaさんは逃げてばかりだけど。
mercaさんへ。以下の質問に答えがないままですよ。
(1a)ワクチン治療についてほとんど知らないのに、由井寅子氏のワクチン批判のみを知って、「由井寅子氏によるワクチン批判はニセ科学批判である」と主張するのは正当ですか? (1b)精神医学についてほとんど知らないのに、内海医師の精神医学批判のみを知って、「内海医師による精神医学批判はニセ科学批判である」と主張するのは正当ですか? (4c)セロトニン作動性抗うつ薬について二重盲験無作為化比較試験およびメタ解析の結果を示しました。この結果を踏まえて、「もし薬物治療で改善した人がいたとしても、それが本当に薬物治療のおかげかはわかりません」「治ったとしても、環境改善で治ったのに、薬で治ったと思い込む認知バイアスが生じるからです」という言葉の意味についてご説明をお願いします。
続き
(6d)高血圧に対してほとんどの内科医がすぐに塩分制限を指導するのであれば、塩分過多が高血圧の単一原因あるいは必要条件であると患者に装っていることになるのでしょうか? (7)「医者の主観によって病名はラベリングされる」ことを問題にするというのであれば、精神医学全体がニセ科学であると、そうmercaさんは仰っておられるのですか? 答えられないのはなぜでしょうねえ。 今回の回答を見ると、、精神医学全体どころか現代医学全体が「国家ぐるみの科学的権威によるニセ科学」であると言っているようなものですが。
>セロトニン不足を原因とするうつ病よりも、ストレスを原因とするうつ病の方が多いのではと思います。
ほとんどすべてのうつ病にストレスは寄与していると私も思いますけど、「セロトニン不足を原因とするうつ病よりも、ストレスを原因とするうつ病の方が多い」とは必ずしも言えません。 mercaさんの病気に対するきわめて単純な見方が誤解の原因です。すでに、2013-04-25 10:37 のコメントで指摘しました。まるで、「セロトニン不足を原因とするうつ病」と「ストレスを原因とするうつ病」の二種類があるかのようにmercaさんは誤解しています。
ストレスに対する耐性には個人差があります。同じようなストレスにさらされてもAさんはうつ病になるのに、Bさんはならないという具合に。そういう個人差を説明する仮説の一つがセロトニン仮説なのです(セロトニンが不足するとストレスに対する感受性が増すのでは?)。ストレス仮説とセロトニン仮説は普通に両立します。
さらに言うなら、全てのうつ病にストレスが寄与していたとしても、社会的ストレス要因の除去だけで必ずしもうつ病が治るとは限りません。病気はそんなに単純なものではありません。いちばん単純なたとえを言うなら、「喫煙は肺癌の原因だが、禁煙しても肺癌は治らない」。
アービング・カーシュの「抗うつ剤は本当に効くのか」の「盲検破り」については、すでに、1ヶ月以上も前に、 2013-03-29 12:23 にて盲検性の「解除」について述べています。mercaさんは周回遅れだったんですよ。
盲検性の解除も出版バイアスも基本なんです。mercaさんはそこにやっとたどりついたんでしょ(本当言うと、背伸びをしてたどりついたふりをしているだけで内容は理解していないと思う)。宿題がいっぱいあって大変だと思うけど、盲検性の「解除」や出版バイアスを理由に、抗うつ剤の効果に疑問を呈するのなら、以下の質問に答えてくださいな。 (8)抗うつ剤の効果に限らず、これまで二重盲検法によって効果が「証明」された標準医療を全部否定するのですか?
カーシュやヴァレンスタインやウィタカは、おそらくは内海医師とは違って、まともな医学者なのかもしれません。そんで、彼らは、重症のうつ病に対する薬物療法も否定していますか?あるいは、精神医学の他の分野、たとえば統合失調症に対する薬物療法を否定していますか?精神医学を全否定していますか?あるいは、少なくとも、まともな論文を引用はしているでしょう?
そこが、まともな医学者と、トンデモさんとの境目ですよ。医療化やいわゆる「ビッグ・ファーマー」など、精神医学に限らず現代医学に問題点があることなんて、百も承知なんです。しかし、薬物偏重を批判している医学者も、内海医師の主張がダメダメでトンデモであることに同意するでしょう。内海医師の主張はダメ過ぎてお話しにならなんです。 「風邪に抗生剤が処方されている現実を批判するためにトンデモさんを持ち出す必要はありません」と書いた理由を、mercaさんはいまだにご理解されていない?カーシュやヴァレンスタインは「風邪に抗生剤は不要だ」と主張し、内海医師は「あらゆる感染症に抗生剤は不要だ」と主張しているんでしょ。
論宅です。
因果関係の整理が必要です。 (1)ストレス→うつ症状 (2)ストレス→セロトニン不足→うつ症状 (3)セロトニン不足→うつ症状 (4)ストレス→うつ症状→セロトニン不足 (5)ストレス→性格要因(ストレス耐性)→うつ症状 ざっと次のような因果順序が考えられますが、(2)と(3)がセロトニン仮説に該当すると考えられます。要するに、セロトニン不足がうつ病の必要条件であるという仮説です。この場合、理論上、全てのうつ病の患者にセロトニン不足が認められるという結果がないと、必要条件とは認められません。また、抗うつ剤が効くのは、(2)と(3)の場合となります。ストレスを除去しても、治らないうつ病は(3)になります。 (3)のように、ストレスとは関係なく、うつ症状が発生した場合のみ、純粋に脳内の異常に原因を求めることができます。 しかし、これまでの臨床実験からは、全てのうつ病患者にセロトニン不足が認められること、全てのうつ病患者に抗うつ剤が効くことは実証されておらず、(2)と(3)たるセロトニン仮説は否定されます。
つまり、セロトニン仮説をどのように定義するのかにかかわってきます。私は、普通に考えて、セロトニン仮説は、「全てのうつ病はセロトニン不足が原因である」という仮説命題だと定義しています。従って、「一部のうつ病にセロトニン不足が認められる。」が実証されても、セロトニン仮説が実証されたことにはなりません。
もし仮に、内海医師が、セロトニン仮説は「全てのうつ病はセロトニン不足が原因である」という定義に準拠して、薬物治療を批判しているのなら、的を得ていることになります。また「全てのうつ病はセロトニン不足が原因である」が故に、全てのうつ病患者に抗うつ剤が効くという医療神話を医者も患者も信じていたところに、精神医学の問題があります。そのような問題点を浮き掘りにしたことが内海医師の精神医学批判の要点です。要するに、専門家や医者だと言っても、絶対化するなという警告でしょう。正しく原理性相対主義に準拠した言明だと捉えています。
(8)抗うつ剤の効果に限らず、これまで二重盲検法によって効果が「証明」された標準医療を全部否定するのですか?
これについては、公表バイアスや盲検破りが認められないケースもあると思いますので、そういうものについては、一応、基本的に治療効果はあると認めたいと思います。ただし、抗うつ剤のように、公表バイアスや盲検破りがあると調査の有効性がないと思います。 内海医師が精神医学について全否定しているところは、私もさすがに賛成していません。精神分析学やカウンセリングや認知行動療法は必要だと思います。ただし、セロトニン仮説に基づく薬物治療をニセ科学批判的視点から否定したことには賛同しています。内海医師の主張を全て私が信じているように勘違いしているところに問題があります。 話は変わりますが、 http://touyoui.blog98.fc2.com/blog-entry-219.html#more 最近、内海医師に対する批判はあとを断たない現状ですが、科学ではなく、思想として観察すると、別の機能に着目する必要性が出てきます。ホメオパシーや水伝の人たちとは、思想の質が異なります。
「カーシュやヴァレンスタインやウィタカは・・・中略・・・あるいは、少なくとも、まともな論文を引用はしているでしょう?」
カーシュとウィタカは、重症のうつ病についても薬物治療に対して否定的な見解を示しています。むしろ、ウィタカなどは、何年も薬物治療を続けている重症のうつ病が投薬をやめて改善した事例を取り上げています。薬がうつ病をつくるという視点ですね。重症のうつ病患者は長年の投薬治療でつくられていくという恐ろしさを感じました。統合失調症に対する薬物療法についても、ウィタカやヴァレンスタインは否定的です。カーシュについては、心理療法を肯定しています。 むしろ、彼らは、批判することで、かえって精神医学の立て直しを図っていこうとする意欲に満ちています。ただし、彼らの著作が正しければ、内海医師のセロトニン仮説に基づく薬物治療批判も正しいことになります。というよりも、内海医師自身がそういう文献に基づいて主張しているではと思います。
(3)「社会病理学や臨床社会学がうつ病に効果があると一般化したいのなら、全てのうつ病患者に効果があったという実験データ」が必要になるとお考えですか?
ストレス要因でうつ症状になる場合に、個別的因果関係と一般的因果関係の差異を混同してはいけません。 ストレスと感じることは、客観的には測定できません。例えば、転居や転職がストレスと相関関係があると統計が出ても、個別的レベルでは異なります。いやな近隣環境や職場関係から抜け出したいのなら、ストレスは逆に減ります。あくまでも、ストレス要因は主観的で個別的なものですので、一般化できません。 しかし、心の病の場合は、統計調査よりも、個別事例についての因果関係の確定を確実にできます。本人に聴くという方法をとります。失恋で悩んで不眠となって落ち込み、うつ症状が出ていることは簡単に聴けます。また、精神分析によるカウンセリングによって本人の自覚していない抑圧されていた心理的要因を自覚化させ気づかせることもできます。 実在するのは個別に存在する患者であり、統計データの平均像は観念の産物にしかすぎません。
>要するに、セロトニン不足がうつ病の必要条件であるという仮説です。
私の知る限りでは、「セロトニン不足がうつ病の必要条件である」というほどの強い仮説が提示されたことはありません。たとえば、「喫煙は肺癌の原因である」という表現は普通に見られますが、「喫煙は肺癌の必要条件である」という強い意味を含んでいないことは明らかです。「セロトニン不足がうつ病の原因である」と主張されていたとして、別に「セロトニン不足がうつ病の必要条件である」という意味は含んでいません。 mercaさんは医学における病因論の複雑さを理解しておらず、ゆえに「セロトニン仮説はセロトニン不足がうつ病の必要条件である」という誤った認識に陥り、よって、2013-05-11 10:17のmercaさんの発言全体が意味のないものとなっています。 (それはそれとして、セロトニン作動薬が効かないうつ病例の存在だけでは、必ずしも「セロトニン不足がうつ病の必要条件である」という仮説を否定できません。医学的な常識もダメなら論理学もダメですねえ)。
>セロトニン仮説は、「全てのうつ病はセロトニン不足が原因である」という仮説命題だと定義しています
架空の藁人形批判です。何度もこちらが聞いているのに、mercaさんが答えられなかった質問を再掲します。 (2)「セロトニン不足がうつ病の【単一】原因」という宣伝、および、「大量薬物治療【のみ】を実施してきた精神科医の治療」という事実について、論拠をもって提示してください。 (6d)高血圧に対してほとんどの内科医がすぐに塩分制限を指導するのであれば、塩分過多が高血圧の単一原因あるいは必要条件であると患者に装っていることになるのでしょうか? 以下を追加します。 (2b)『セロトニン仮説は、「全てのうつ病はセロトニン不足が原因である」という仮説』であると、mercaさんの脳内だけにある架空の藁人形ではなく、現実の精神医学者が主張したことについて、論拠を示してください。 >全てのうつ病患者に抗うつ剤が効くという医療神話を医者も患者も信じていたところに、精神医学の問題があります 架空の藁人形批判です。「全てのうつ病患者に抗うつ剤が効くという医療神話を医者も患者も信じていた」という事実はmercaさんの脳内だけしかないのでは?
>要するに、専門家や医者だと言っても、絶対化するなという警告でしょう。正しく原理性相対主義に準拠した言明だと捉えています。
「全てのうつ病はセロトニン不足が原因である」と主張した専門家や医者の例を挙げてください。mercaさんの脳内だけしかないのでは? >これについては、公表バイアスや盲検破りが認められないケースもあると思いますので、そういうものについては、一応、基本的に治療効果はあると認めたいと思います。ただし、抗うつ剤のように、公表バイアスや盲検破りがあると調査の有効性がないと思います。 「公表バイアスや盲検破りが認められないケースもある」ということを、いったいどうやって判断したのですか?mercaさんが「そう思う」以外の根拠は提示されていませんよ。同様な論法で、あらゆる現代医学の分野を恣意的に否定することができます。たとえば、 「公表バイアスや盲検破りが認められないケースもあると(特に根拠なく)私は思っていますので現代医学全体を否定するつもりはありませんが、慢性C型肝炎の治療のように公表バイアスや盲検破りがあると調査の有効性がないと(特に私は専門知識があるわけではないが)思います」
公表バイアスや盲検破りの有無を評価するって、けっこう大変なんです。専門的な知識が必要になります。で、話は戻りますが、以下の質問にmercaさんは答えていませんね。
(1a)ワクチン治療についてほとんど知らないのに、由井寅子氏のワクチン批判のみを知って、「由井寅子氏によるワクチン批判はニセ科学批判である」と主張するのは正当ですか? (1b)精神医学についてほとんど知らないのに、内海医師の精神医学批判のみを知って、「内海医師による精神医学批判はニセ科学批判である」と主張するのは正当ですか? mercaさんが、精神医学はもちろんのこと医学全体についても知識がないのに、単にご自分が正しいと誤認した内海氏のトンデモ説を擁護したいあまり、特に根拠も専門知識もなく、「公表バイアスや盲検破り」に飛び付いただけですね。違うというなら、上記の質問に逃げずに答えてみてはいかが?
>内海医師が精神医学について全否定しているところは、私もさすがに賛成していません。
この問題については 2013-04-01 14:21 ~既に指摘し反論はいただいておりません。 内海医師は根本的にはただのトンデモさんであり、たまたまほんのちょっとだけ正しいことを言っているだけであり、それは「ニセ科学批判」でもなんでもありません。 由井寅子氏は根本的にはただのトンデモさんであり、ほんのちょっとだけ正しいことを言ったとしても、それは「ニセ科学批判」でもなんでもないのと同様です。 それはそれとして、以下の質問に答えていませんよ。 (7)「医者の主観によって病名はラベリングされる」ことを問題にするというのであれば、精神医学全体がニセ科学であると、そうmercaさんは仰っておられるのですか? mercaさんは精神医学全体がニセ科学とは考えていないのでしょう。でも、それはなぜ?セロトニン仮説以外についてはラベリングは問題にならない? mercaさんは内海氏のトンデモ説を擁護したいあまりに「病名ラベリング」問題を持ち出したのはいいけれども、それが精神医学全体を否定することになりかねないことに気付いていなかった、というところでしょうか。
>ホメオパシーや水伝の人たちとは、思想の質が異なります。
えええ?ホメオパシーの人たちの主張をmercaさんは知らないのに(都合が悪いので知らないふりをしていたわけではないとして)、いったいどうやって「思想の質が異なる」と判断できるのですか? いちおう、念のために確認しておきますが、ホメオパス、特に由井寅子氏がまともな方などではない、ってことは同意できますよね? >カーシュとウィタカは、重症のうつ病についても薬物治療に対して否定的な見解を示しています。 >統合失調症に対する薬物療法についても、ウィタカやヴァレンスタインは否定的です。カーシュについては、心理療法を肯定しています。 がmercaさんの誤読ではないとしたら、これらの人たちの主張はトンデモである可能性が高そうですね。彼らの主張を支持する医学論文、できればRCTやメタアナリシスといったエビデンスレベルの高いものはありますか?まさかとは思いますが、彼らの主張を、論文も検討せずに鵜呑みにした、なんてことはないですよね。
>内海医師自身がそういう文献に基づいて主張しているではと思います。
「内海医師自身がそういう文献に基づいて主張している」というのは、mercaさん自身が思っているだけで、具体的に内海医師自身が具体的に文献を提示したわけではないですよね。 >しかし、心の病の場合は、統計調査よりも、個別事例についての因果関係の確定を確実にできます。本人に聴くという方法をとります。 本人に聞いても因果関係の確定は必ずしもできるとは私は思いませんが、よしんば因果関係の確定を確実にできたとして、「社会病理学や臨床社会学がうつ病に効果がある」かどうかは別問題です。たとえば、社会的ストレスがうつ病の原因であると確定できたとして、社会的ストレスが既に非可逆的なダメージを与えていたとしたら、社会的ストレスを除去してもうつ病は改善しません。よって、以下の質問の答えになっていません。 (3)「社会病理学や臨床社会学がうつ病に効果があると一般化したいのなら、全てのうつ病患者に効果があったという実験データ」が必要になるとお考えですか?
どうでもいいけどさんへ 論宅です。ミスです。
ありがとうございます。
論宅です。とりあえず、コメント。
「mercaさんの誤読ではないとしたら、これらの人たちの主張はトンデモである可能性が高そうですね。彼らの主張を支持する医学論文、できればRCTやメタアナリシスといったエビデンスレベルの高いものはありますか?まさかとは思いますが、彼らの主張を、論文も検討せずに鵜呑みにした、なんてことはないですよね。」 あるようですね。知りたいのなら、自分で読んで調べてみて下さい。読んでから判断されてはと思います。 それと、医学的には、明確なエビデンスがないのはむしろ当のセロトニン仮説のほうです。それだけエビデンスにこだわるくせに、セロトニン仮説を擁護する理由がわかりません。
あ。
セロトニン仮説のエビデンスはすでに出てるはず。ここに。 主張する側が立証責任を負うのは常識だと 思ってた。 違うんだ。 私はこう主張する、エビデンスは自分で探せ、 では誰からも相手にされず失笑されて終わり。 論宅さんが 適切なエビデンスを出し、自分なりに噛み砕いて それを以って立証しなければなりません。 それができないのなら、 トンデモたわごと、と切り捨てるのに 躊躇しません。
>「mercaさんの誤読ではないとしたら、これらの人たちの主張はトンデモである可能性が高そうですね。彼らの主張を支持する医学論文、できればRCTやメタアナリシスといったエビデンスレベルの高いものはありますか?まさかとは思いますが、彼らの主張を、論文も検討せずに鵜呑みにした、なんてことはないですよね。」
>あるようですね。知りたいのなら、自分で読んで調べてみて下さい。読んでから判断されてはと思います。 「あるようですね」ってのは、つまり、mercaさんは、「カーシュやウィタカの主張を、論文を検討せずに鵜呑みにした、なんてことがある」ってことですか。それとも医学論文が「あるようです」ってこと?断言でなく「あるようです」ってことはやはり論文を読んでいないわけですよね。いくらなんでも読んだフリぐらいしましょうや。自分で読んで調べてみたいから医学論文を提示しろ、ってこちらは言っているんですよ。本に参考文献が提示されているでしょ?
>それと、医学的には、明確なエビデンスがないのはむしろ当のセロトニン仮説のほうです。それだけエビデンスにこだわるくせに、セロトニン仮説を擁護する理由がわかりません。
きんぐさんが既に指摘していますが、セロトニン仮説についてのエビデンスは既に提示してあります。具体的には、2013-03-18 の発言です。mercaさんはサマリーぐらい読んだんですか? 単にmercaさんに医学についての基本的知識が欠けているため、セロトニン仮説に明確なエビデンスがないと勘違いしているだけです。
論宅です。
セロトニン仮説が仮説のまま留まっているのは、正しくエビデンスが貧弱だからです。もし本当に明確なエビデンスならば、科学的事実として認定されていてもよいと思います。セロトニン不足がうつ病の必要条件だと実証されていないからでしょう。実証されるだけのエビデンスがないということで、貧弱なわけです。 そとれ、抗うつ剤の作用機序は、セロトニンの濃度を保ち、うつ症状を改善するという因果関係であり、明らかにセロトニン不足がうつ症状を引き起こすと考えられています。この作用機序はうつ病一般がセロトニン不足から生ずると言っていると同然です。科学的仮説の究極目的とするところは常に普遍的な一般化です。 一般化を目指さない仮説は、そもそも科学的仮説だと言えませんし、実験で検証する意味もありません。普遍的原因の究明が科学の目的です。
残念ながら、「あるようですね」の意味は、医学論文の引用があるということです。多すぎるほどですね。書物の性質上、学術書であり、そのような体裁をとるのは当たり前でしょう。
書物が誰にむけられたものなのかによって、学術論文の引用があるかないか異なってきます。 例えば、日本うつ病学会の理事長である野村総一郎氏が出している「うつ病専門医が教える1」(幻冬社)という書物は、医学論文の引用が全くありません。この本は引用がないからといって、ドンデモと決めつけることはできません。なぜなら対象読者が一般人あるいは患者向けだからです。同じく、内海聡医師の書物「精神科医は今日も、やりたい放題」も、一般人や患者を対象としているので引用がありません。 社会学的にいうと、(一般人向け/専門家向け)という意味区別を無視して、引用がないからトンデモと決めつけるのは、社会的感性の未熟性を露呈しています。大人だったら、そのくらいの区別は分かるだろうと思います。ニセ科学批判者は社会常識がないところに問題があるとともに、自分の都合の悪い情報を避けているとしか言いようがありません。
自分の不都合な情報が掲載されている書物は読まずに、自分の都合のよい情報だけを入れようとしています。自我防衛ですね。おそらく、知識に偏りがあると判断しました。
私は、医者が書いた批判対象であるセロトニン仮説に基づいたうつ病本を以前からかなり読んでいますよ。また、フロイト系の精神分析も読んでいます。それらの本を読んだ後に、内海聡医師の書物「精神科医は今日も、やりたい放題」を読んだ訳です。 批判対象を読んで知ることなしに批判できるのでしょうか? 読んでいないのでしょう。読んでいたら、内海氏の書物に学術論文の引用がないのが当たり前だと誰でもわかるはずですから。客観的な判断を下すためには、自己と反対の説を勉強すべきでしょう。繰り返しますが、カーシュなどを自分で読んで調べてみて下さい。読んでから判断されてはと思います。
日本うつ病学会の理事長である野村総一郎氏が出している「うつ病専門医が教える1」(幻冬社)という書物は、セロトニン仮説についての一般人向けの説明があり、「うつ病の症状は、脳内の情報伝達物質(とくに気分や意欲、不安などに関わるセロトニンやノルアドレナリン)の量が減少し、神経細胞間での情報伝達がうまくいかなくなるために起ると考えられています」と断定されており、ほとんど全てのうつ病のタイプに薬物治療が必要であるとするチャート図まであります。学会がこのように薬物治療を必要不可欠だと宣伝しているのは事実です。仮説とは一言も書かれいませんので、仮説ではなく、読者は科学的事実と思い込みますし、一部のうつ病は異なるメカニズムで起るとも書いていませんので、うつ病一般の原因だということになります。精神科医が書いた似たようなうつ病本はいくらでもあります。これらはうつ病になりかけた読者やその家族ターゲットです。
「たとえば、社会的ストレスがうつ病の原因であると確定できたとして、社会的ストレスが既に非可逆的なダメージを与えていたとしたら、社会的ストレスを除去してもうつ病は改善しません。よって、以下の質問の答えになっていません。」
非可逆的なダメージの場合でも、社会的ストレスを除去しない限り、さらに悪化するでしょう。喫煙で肺がんになった人は禁煙で治りませんが、禁煙をさせて悪化させないようにするのが医者の役目ですね。それと同じです。治療においては、除去できる原因は除去しておくことが必要不可欠となります。単純な話ですね。
> セロトニン不足がうつ病の必要条件だと実証されていないからでしょう。実証されるだけのエビデンスがないということで、貧弱なわけです。
「セロトニン不足がうつ病の必要条件だ」とは実証されていませんし、誰も実証したなんて主張していません。「セロトニン不足がうつ病に(程度の問題はあれ)関与している」という説は実証されています。具体的な論文を挙げたのですが、反論がありません。mercaさんが論文を(サマリーすら)読む能力があるかどうかについて、疑問を感じ始めています。 > 一般化を目指さない仮説は、そもそも科学的仮説だと言えませんし、実験で検証する意味もありません。普遍的原因の究明が科学の目的です。 医学に関しては必ずしもそうではありませんし、むしろそうではない科学の分野も多くありますが、mercaさんがそのことをご存じないだけでしょう。 「喫煙が肺がんの必要条件だ」とか「塩分過多が高血圧の必要条件だ」とか実証されていません。喫煙や塩分のリスクに関する主張は、mercaさんの脳内では「科学的仮説だと言えませんし、実験で検証する意味もありません」のでしょうね。おそるべき無知ですね。
mercaさんが「肺がんの原因は喫煙であると考えられています」と書いてある本を読んだら、「喫煙が肺がんの必要条件だ」と書いてあると誤読しそうですね。「うつ病専門医が教える1」(幻冬社)についてはそういう読み方をしているみたいですし。
>自分の不都合な情報が掲載されている書物は読まずに、自分の都合のよい情報だけを入れようとしています。自我防衛ですね。おそらく、知識に偏りがあると判断しました。 「どうしようもなくダメダメなトンデモ本を買ったり読んだりすうのにコストをかけられないのだから、医学論文を提示しろ」って言われているのがわかりませんでした?論文なら読みます。早く提示してくださいな。「リストをずらり」はダメですよ。mercaさんが読んだ論文をお願いします。 書物の性質や目的によっては、引用文献がなくてもトンデモとは断言できないというのは正しいです。たとえば、専門家が一般人向けにコンセンサスを得られた内容の本を書く場合ですね。「うつ病専門医が教える1」(幻冬社)は、おそらくそういう内容の本なのでしょう。「引用がないからトンデモと決めつける」は、単にmercaさんの理解不足に由来する架空の藁人形批判に過ぎません。
ですが、コンセンサスの得られていない内容を、引用文献もなしに断定的に書くのはトンデモです。軽症のうつ病に対してならともかく、統合失調症に対する薬物療法について、引用文献もなしに否定的に書く本はトンデモであると断定できます。というか、mercaさんは「自分の不都合な情報が掲載されている」膨大な論文は当然お読みになっているんですよね。「批判対象を読んで知ることなしに批判できるのでしょうか?」ってどんなブーメランですか。以下の質問に早いこと答えてくださいよ。
(1a)ワクチン治療についてほとんど知らないのに、由井寅子氏のワクチン批判のみを知って、「由井寅子氏によるワクチン批判はニセ科学批判である」と主張するのは正当ですか? (1b)精神医学についてほとんど知らないのに、内海医師の精神医学批判のみを知って、「内海医師による精神医学批判はニセ科学批判である」と主張するのは正当ですか?
>私は、医者が書いた批判対象であるセロトニン仮説に基づいたうつ病本を以前からかなり読んでいますよ
嘘だと思います。嘘でないなら、mercaさんの理解力にものすごく難があるか、よほど基本的な本しか読んでいないかです。なぜなら、かつて、mercaさんは『薬物治療によってセロトニン不足を補ってうつ状況が改善されて治療効果があったことが、二重盲検法や無作為化対照試験で実証されていると考えてよいのでしょうか?』などと尋ねました。はっきり言えば、そこから?ってなもんです。 というか、本だけ?論文は読みました? >批判対象を読んで知ることなしに批判できるのでしょうか? 内海医師の主張は読んでますよ。わざわざ書籍を読んでいないだけで。内海医師が論文を書いたら読みます。
>非可逆的なダメージの場合でも、社会的ストレスを除去しない限り、さらに悪化するでしょう
本当に論理的思考能力に欠けていますね。なるほど、「非可逆的なダメージの場合でも、社会的ストレスを除去しない限り、さらに悪化するでしょう」ね。そうだとしても、「社会的ストレスがうつ病の原因であると確定できたとして、社会的ストレスが既に非可逆的なダメージを与えていたとしたら、社会的ストレスを除去してもうつ病は改善しません」ということは成立します。 >喫煙で肺がんになった人は禁煙で治りませんが、禁煙をさせて悪化させないようにするのが医者の役目ですね もちろんそうですね。mercaさんは論理的思考能力に欠けているので、「禁煙をさせて悪化させないように」と「禁煙すれば治る」の区別がつかないのでしょうか。「社会的ストレスを除去して悪化させないように」は誰も反対していません。「社会的ストレスを除去すれば治る」という主張に対して、「治る場合もあるかもしれないが、必ず治ると言えるの?社会的ストレス要因の除去だけで必ずしもうつ病が治るとは限らないのでは?」ってこっちは言っているのですよ。
以下の質問を再掲します。都合の悪い質問から逃げてなかったことにされそうなので。
(2)「セロトニン不足がうつ病の【単一】原因」という宣伝、および、「大量薬物治療【のみ】を実施してきた精神科医の治療」という事実について、論拠をもって提示してください。 (6d)高血圧に対してほとんどの内科医がすぐに塩分制限を指導するのであれば、塩分過多が高血圧の単一原因あるいは必要条件であると患者に装っていることになるのでしょうか? 特に「mercaさんの主張は架空の藁人形批判ではないか」という指摘に反論できなかったことを確認しておきます。野村総一郎氏からの引用が反論になっているとmercaさんが誤認している可能性がありますので(6d)の質問に答えることを強く要求します。 (7)「医者の主観によって病名はラベリングされる」ことを問題にするというのであれば、精神医学全体がニセ科学であると、そうmercaさんは仰っておられるのですか? この点についてはまったく言及がありませんね。 (9)ホメオパス、特に由井寅子氏がまともな方などではない、ってことは同意できますよね? できればこれにも答えてください。知らないふりされそうですが。
論宅です。
(2)「セロトニン不足がうつ病の【単一】原因」という宣伝、および、「大量薬物治療【のみ】を実施してきた精神科医の治療」という事実について、論拠をもって提示してください。 いいですか。一般人向けの精神科医が書いたり監修したうつ病本が書店には並んでいます。自身や家族にうつ症状が出て困ったら、書店で一般人向けのそのようなガイダンス本を買い、それを参考にしてクリニックを見つけます。大体は、休養とならんで薬物治療は必要であると書かれています。2013-05-15 01:03の発言のとおりです。書店に溢れるうつ病本によって、「セロトニン不足がうつ病の【単一】原因」という宣伝がなされています。 少なくとも、セロトニン不足がうつ病の生物学的原因として断定されているように一般人は受け取り、騙されるでしょう。精神医学の専門家ならば、仮説だという暗黙の前提がありますが、そのような知識のない一般人は科学的事実と勘違いするでしょう。おっしゃるとおり、知識がなく鵜呑みにするのはやはり怖いですね。
むしろ薬物治療を行っていない精神科を見つける方が困難であり、だからこそ薬を使わない宮島医師や内海医師などが社会的注目を浴びるわけです。薬を使うことが現在の精神医療の常識だからです。精神科クリニックのホームホームページを検索してみて下さい。生活指導やカウンセリングがあったとしても、大概、薬物治療を必要不可欠なものとして実施しています。
もしほとんどの精神科医が薬物治療をするという私の主張を反証したいのなら、薬を使わない精神科医が薬物治療をする精神科医とおなじくらいいるというデータが必要になります。 (なお、単一原因というのは、うつ病の生物学的要因の必要条件だという意味です。多少、誤解されているようです。)
6d)高血圧に対してほとんどの内科医がすぐに塩分制限を指導するのであれば、塩分過多が高血圧の単一原因あるいは必要条件であると患者に装っていることになるのでしょうか?
患者が日頃の塩分過多の食事のために高血圧になっているのなら、環境の方に要因があり、特に騙していることにはならないでしょう。 ただし、隠れた身体疾患が原因であることを指摘せず、塩分制限のみを指導し、全く他の措置や指導をしないのなら、問題があると思います。患者が日頃の塩分過多の食事のせいだけで高血圧になっていると勘違いさせることになるからです。 また逆に、日頃の塩分過多の食事のために高血圧になっている患者に高血圧を下げる薬を投与するのもおかしいと思いますね。患者が身体疾患が原因であると勘違いしてしまいます。塩分制限すれば薬を飲む必要はないにもかかわらず、あたかも身体疾患が主因であるように騙しています。
(9)ホメオパス、特に由井寅子氏がまともな方などではない、ってことは同意できますよね?
まだ「予防接種トンデモ論」という書物を読んでいません。少なくとも、これを読まないと、内容的には由井寅子氏のワクチン批判がニセ科学批判に該当するのか判断できません。 まともの基準が不明確ですが、道徳の次元に絞りますと、本人に本心を聞く以外に方法はありません。どのような動機から「予防接種トンデモ論」を唱えているのかです。金儲けのためなのか、被害者を救うためなのか、よくわかりません。 一方、本人の主張が科学的観点からまともでないとするかどうかは、やはり「予防接種トンデモ論」を読む必要があると思います。由井寅子氏がまともな方などではないと考えているようですが、すでに、この本を読まれた上での判断でしょうか?
>書店に溢れるうつ病本によって、「セロトニン不足がうつ病の【単一】原因」という宣伝がなされています。
mercaさんの誤読にすぎません。書店にあふれる高血圧の本に「高血圧にはまず塩分制限をしましょう」と書いてあったら、mercaさんは、「塩分過多が高血圧の【単一】原因」であると宣伝がなされていると考えるのですか? >少なくとも、セロトニン不足がうつ病の生物学的原因として断定されているように一般人は受け取り、騙されるでしょう。 塩分過多が高血圧の原因の一つであるのと同じくらいには、セロトニン不足がうつ病の原因の一つであることは事実でしょう。セロトニン不足がうつ病の【単一】原因とはされておらず、あるいはかつて考えられていたほどには【主な】原因ではないとしても。 >むしろ薬物治療を行っていない精神科を見つける方が困難であり、だからこそ薬を使わない宮島医師や内海医師などが社会的注目を浴びるわけです。 癌に対して標準治療を行っていない医師を見つけるのは困難だし、標準医療に否定的な医師は社会的注目を浴びますね(近藤誠氏など)。それと同じ現象ですね。
>もしほとんどの精神科医が薬物治療をするという私の主張を反証したいのなら、薬を使わない精神科医が薬物治療をする精神科医とおなじくらいいるというデータが必要になります。
ほとんどの精神科医が薬物治療をしていますよ。私が主張しているのはね、 ・ほとんどの精神科医が薬物治療をしているからといって、「セロトニン不足がうつ病の【単一】原因」だと宣伝されていることにはならない ってことです。ほとんどの内科医が高血圧に対して塩分制限をしているからといって、「塩分制限が高血圧の【単一】原因」だと宣伝していることにはならないでしょう。それと同じ。何度説明してもmercaさんにはご理解いただけないようですが。
>6d)高血圧に対してほとんどの内科医がすぐに塩分制限を指導するのであれば、塩分過多が高血圧の単一原因あるいは必要条件であると患者に装っていることになるのでしょうか?
>患者が日頃の塩分過多の食事のために高血圧になっているのなら、環境の方に要因があり、特に騙していることにはならないでしょう。 「うつ病患者がセロトニン不足のためにうつ病になっているのなら、特に騙していることにはならないでしょう」って答えればご満足できたので? (6e)高血圧患者の中には塩分過多とは無関係に高血圧になっている人がいます。にも関わらず「特に騙していることにはならない」と言えますか? (6f)日頃の塩分過多の食事のために高血圧になっている高血圧患者についても、塩分過多だけが原因でなく、塩分感受性高血圧に関する遺伝要因を持っているがゆえに高血圧になっている場合(つまり単一原因ではない場合)はどうですか? こうした反論は容易に考えつくと私には思われるのですが、mercaさんは予想もできなかったのでしょうか?
>ただし、隠れた身体疾患が原因であることを指摘せず、塩分制限のみを指導し、全く他の措置や指導をしないのなら、問題があると思います。患者が日頃の塩分過多の食事のせいだけで高血圧になっていると勘違いさせることになるからです。
もちろんその通りですね。塩分制限のみを指導し、全く他の措置や指導をしない医師はヤブです。うつ病でたとえれば、セロトニン作動薬のみを処方し、他の全く他の措置や指導をしない精神科医に相当します。2013-04-25 10:41で既に指摘しています。 逆に、臨床的な証拠もなく、塩分制限による高血圧治療を否定する医師はヤブでトンデモでしょうね。論文も書かずに「塩分多量摂取で高血圧が治る!」なんて本を書いた医師がいたとするなら、その本を読まなくてもトンデモだと断言していいです。阿呆なニセ科学批判批判者には「客観的な判断を下すためには、自己と反対の説を勉強すべきでしょう」などと擁護してもらえるでしょうが。
>少なくとも、これを読まないと、内容的には由井寅子氏のワクチン批判がニセ科学批判に該当するのか判断できません。
(9b)「(内海医師は)ホメオパシーや水伝の人たちとは、思想の質が異なります」とmercaさんは書いています。ホメオパシーの人たちの思想を何をもって判断したのですか? 別に著作を読まなくても由井寅子氏によるワクチン批判や思想がダメダメであることなんて容易に判断できると私は思います。ですが、mercaさんが慎重に判断したいというなら理解できなくもありません。ただ、その場合、mercaさんはきわめてダブルスタンダードな立場に立っていることになります。日本におけるホメオパシーの第一人者の主張も知らずに、ニセ科学批判批判とかできるんですか?内海医師の著作は読んだとして、由井寅子氏の著作も読まないと思想の質が異なるかどうか判断できないのでは? 要するに、mercaさんは科学もニセ科学もニセ科学批判も良く知らずに、ニセ科学批判批判をしてきたのだ、と私はみなしています。
> 一方、本人の、やはり「予防接種トンデモ論」を読む必要があると思います。由井寅子氏がまともな方などではないと考えているようですが、すでに、この本を読まれた上での判断でしょうか?
その本は読んでいません。しかし、由井寅子氏が予防接種に関して科学的に明確に間違った主張を行っていることは、「予防接種トンデモ論」を読まなくても明らかです。由井寅子氏本人の主張を引用してそのことを示すことはできます。逆に聞きますが、由井寅子氏の主張が科学的観点からまともかもしれないなどと、mercaさんはお考えなのですか? 「(カーシュとウィタカやヴァレンスタインの)主張を支持する医学論文、できればRCTやメタアナリシスといったエビデンスレベルの高いものはありますか?」「どうしようもなくダメダメなトンデモ本を買ったり読んだりするのにコストをかけられないのだから、医学論文を提示しろ」という質問、要望に対して何の反応もなかったことを明記しておきます。
「セロトニン仮説に基づいたうつ病本を以前からかなり読んでいます」とmercaさんは言いつつ、二重盲検法や無作為化対照試験で実証された例を尋ねるのは不自然であるという指摘に対して反論はありませんでした。また、「本だけ?論文は読みました?」という指摘にも反論はありませんでした。
mercaさんは医学論文を読む能力がなく、カーシュとウィタカやヴァレンスタインの主張については一般著作をながめただけで批判的には吟味していない(たとえばカーシュの主張が本当に正しいかどうか論文を読んで吟味したりはしていない)、と私はみなしております。そもそも医学論文を読む能力があれば、いくらなんでも内海医師の主張に乗っかるなんて愚かなことはしませんけどね。
(7)「医者の主観によって病名はラベリングされる」ことを問題にするというのであれば、精神医学全体がニセ科学であると、そうmercaさんは仰っておられるのですか?
という質問については言及なしです。 (3)「社会病理学や臨床社会学がうつ病に効果があると一般化したいのなら、全てのうつ病患者に効果があったという実験データ」が必要になるとお考えですか? という問題についても、mercaさんは答えられないままです。「全てのうつ病患者に効果があったという実験データ」どころか「一部のうつ病患者に効果があったという実験データ」すら出せていません(探せばあるかもしれないとは思うが)。 医学について無知な人が医学について批判的な一般書を読んだだけでは、「ナントカはニセ科学だ」などとは判断はできないのですよ。精神医学批判には歴史がありそれなりの妥当性を持つものもあるのに(それこそ「病名ラベリング」問題など)、よりによって内海医師によるダメダメでトンデモでインチキな精神医学批判に飛び付いたという一点だけで、mercaさんの無知は明らかなんです。
論宅です。
そもそも、現象の原因について、不適切な事例を出しています。セロトニン不足がうつ病の原因であるという場合、内部構造因に準拠した次元の原因であり、環境因及び誘導因の次元ではありません。喫煙が肺がんの原因及び塩分過多摂取が高血圧の原因は、全て環境因及び誘導因の次元の要因です。身体的な内部構造の次元の原因ではありません。 従って、残念ながら、セロトニン不足がうつ病の原因であるという仮説とは、同列ではなく、全く意味をなしません。喫煙と塩分過多摂取は肺がんと高血圧の必要条件ではありません。セロトニン仮説は脳神経上の構造的原因(メカニズム)として語られており、本質的にうつ病の必要条件的な内部構造因となっています。メカニズム解明の次元の仮説なので、必要条件となってしまいます。また、セロトニン仮説によるうつ病発生メカニズムは、抗うつ薬の作用機序と同一です。メカニズム仮説とそうでない仮説の区別がついていないので。そのような無意味な質問をするわけです。
こういえば、分かりやすいでしょう。煙草の成分を分析したところで、肺がんのメカニズムは究明できますか? また、食塩の分子構造を究明したところで、高血圧のメカニズムが究明できますか?
肺がんのメカニズムも高血圧のメカニズムも、人間の身体構造のほうを究明しないと解明できません。 モノアミン仮説あるいはセロトニン仮説は、うつ病のメカニズム仮説であり、必要条件のレベルの仮説です。ですので、原理的には、全てのうつ病患者に認められる脳神経化学的原因となるわけです。しかし、必要条件として関与していることが実証されていません。セロトニンが関与していることが実証されているといいますが、必要条件でない一要因としての位置付けにしかすぎません。単なるうつ病に関与することがある多くの原因のうちの一要因として実証されているのなら、メカニズム要因であるという仮説は既に破綻していると考えられます。すでに一要因として格下げになった仮説を内部構造因たるメカニズムとして図示して語る薬物治療はニセ科学です。うつ病のメカニズムとしてシナプスと神経伝達物質の図がよく専門書にも薬物治療の根拠として出てきますからね。嘘であるにもかかわらず。
NATROMさんが言われるように、臨床実験からうつ病の一要因としてセロトニン不足がうつ病に関与していることが実証されていることが本当だとしたら、かえってメカニズム原因=必要条件としてのセロトニン仮説は否定されたことになります。メカニズム仮説としての語り口をやめないかぎり、ニセ科学となり、患者を騙すことになります。
内海医師は、患者に対して依存せずに自分で調べろ派です。この点、根拠を自分で調べろというニセ科学批判クラスタと同一の価値観を共有しています。彼の主張に引用や論拠が少ないのは、自分で調べた上で意見に賛同しろというメッセージに他なりません。この価値観は信者を依存体質にさせるホメオパシーの由井寅子氏とは全く異なると考えます。 内海医師はニセ科学批判クラスタが保持する「自分で根拠を調べろ主義」と同一の思想的側面をもっており、内海医師の根拠を示さない体質を否定するのは、ニセ科学批判クラスタの「自分で根拠を調べろ主義」を否定することになります。ちなみに、私は「自分で根拠を調べろ主義」の立場はとりません。同じ根拠や前提を共有している場合にのみ、他者との議論は成り立つので、まずそれから吟味します。
例えば、以下の結果をどう評価されますか? 間違いですかね。
「世界保健機関とその関連機関は、「パロキセチン」の未公表試験を含めてメタ分析し、偽薬は抗うつ薬の83%の効果であった[97]。 欧州の規制機関も、認可された抗うつ薬(SSRI、SNRI)の保有データを分析したところ、同様の結果であった[98]。」 (http://ja.wikipedia.org/wiki/抗うつ薬より学術的引用) 他にも沢山あります。 抗うつ剤の効果が貧弱であり、セロトニンとの関連性は薄い相関関係しか見いだせず、因果関係とは到底言えず、ここまできたら、疑似相関関係である可能性が高いと思います。17%を薬の効能だと断定することもできず、副作用による盲検破りと、麻薬的な一時的な多幸感を考慮すると、ほとんど効果はないのと同じです。 17%が薬の効能だとしても、セロトニンとうつ病の関係は、あっても薄い相関関係しか考えられず、メカニズム仮説としては破綻しています。セロトニン仮説がうつ病のメカニズム仮説として語られてき、それを鵜呑みにした患者はニセ科学に騙されていることになります。
7)「医者の主観によって病名はラベリングされる」ことを問題にするというのであれば、精神医学全体がニセ科学であると、そうmercaさんは仰っておられるのですか?
主観による判断であったとしても、対象と認識が合致していれば、ニセ科学にはなりません。対象である患者の疾患原因を正確に判断できればの話です。医者によって診断名がバラバラになるのは、精神科医の力量に差異があり、精神医学そのものが他の医学よりも遅れていることを露呈しています。 それよりも怖いのが、対象の方が医者の主観にすりより、対象と認識が結果的に合致する現象が起こりえます。社会学の知見に基づくと、特に心の病の場合、ラベリング行為そのものが病気をつくることがあり得るということです。うつ病の診断を受けると、うつ病患者の役割を内面化し、そのとおり役割遂行し、薬物治療を受け、精神病であることのストレスから、本当にうつ症状になります。予言の自己成就という原理です。偽薬効果の意味効果の裏返しです。医療機関から専門的に診断名が下されると、科学を信じている患者ほど、そうなります。医原病と言いますが、医者が病気をつくるというのは、あり得ます。
「医学について無知な人が医学について批判的な一般書を読んだだけでは、「ナントカはニセ科学だ」などとは判断はできないのですよ。」
今むしろ問題になっているのは、専門的知識に対する無知ではなく、当の専門的知識そのものが間違っているという議論です。間違った専門的知識を身につけても無知が増すだけです。 私は、医学の専門家ではありませんので、十分に医学論文を吟味する力はありませんが、医学の専門家が誠実性を欠き、嘘を垂れ流すところに問題があります。嘘を垂れ流す医学者もいるわけですから、医学論文を正しい根拠として示しても意味がない場合があり得ます。 庶民はそのような医学の専門家による不正に対してどのような異議申し立をしていくかが問題です。 もう専門家を当てにせずに、自分で調べて実験・実践していく人たちもいるでしょう。非科学的な民間療法や代替医療の誕生です。彼らを排除する武器とするか、そういう人たちを作り出す専門家の誤謬を正す武器とするかによって、思想としてのニセ科学批判の社会的運命は分かれます。
ニセ科学批判クラスタのうちでは、ゲーム脳がニセ科学として公認されていますが、専門家による同レベルのトンデモ本があります。医学の専門家によるニセ科学の一例を示しましょう。
有田教授の著作「セロトニン欠乏脳」です。 座禅やヨガなどの健康法がセロトニンを増やすという科学的根拠がない仮説を断定し、切れやすい子供、ひきこもり、うつの原因をセロトニンだけで説明しようとしています。かなり売れている本であり、一般人はうつ病がセロトニン不足から起ると思い込むでしょう。トンデモ本としてよく知られているようです。 http://www.geocities.jp/takoyaki_takokan/log/log004.html http://www.amazon.co.jp/メディア叩きのトンデモ本たち/lm/TQ7FUGVNIPWI http://ja.wikipedia.org/wiki/生活人新書 よく売れている本です。明らかに、うつ病の根本原因はセロトニン欠乏脳のせいだと、専門家でない私たちは思い込みます。権威ある医学者がうつ病のセロトニン不足単一原因説を世間に述べている好例です。
なお、ありがたいことに私のライバルである俗流若者論批判で有名な後藤和智氏が「セロトニン欠乏脳」に対する疑似科学批判を行っています。
俗流若者論ケースファイル06・若狭毅 http://kgotoworks.cocolog-nifty.com/youthjournalism/2005/03/post_66cc.html 後藤和智氏はニセ批判クラスタの親派であり、エビデンス主義の統計主義者です。 後藤氏は、犯罪やひきこもりといった社会現象を脳や身体的要因に求めるタイプのニセ科学に敏感です。 「セロトニン欠乏脳」のようなドンデモ本が日本では支持されており、信じ込んだ人たちがうつ病になると、簡単に薬物治療を絶対化して受容します。 セロトニン仮説を肯定すると、後藤氏のような一部のニセ科学批判親派から批判を受けるようですね。後藤氏は医学の専門的知識がない素人ですが、専門家に噛み付いています。NATROMさんの考えからすると、後藤氏に対しては、医学の専門的知識がないのに専門家の説を疑似科学と決めつけるなと言うべきでしょうね。
ひとつmercaさんにお伺いしたいんですが、
あなたは「セロトニン仮説」をニセ科学と認定しているようですが、 それをどのように判断したのですか? 素人向けのセロトニン仮説の本を読んで、 素人向けのセロトニン仮説の批判本を読んで、 セロトニン仮説批判の方が合理性があると思ったからですか? ひとつmercaさんにお伺いしたいんですが、 あなたは「セロトニン仮説」をニセ科学と認定しているようですが、 それをどのように判断したのですか? 素人向けのセロトニン仮説の本を読んで、 素人向けのセロトニン仮説の批判本を読んで、 セロトニン仮説批判の方が合理性があると思ったからですか? セロトニン仮説にはNATROMさんも指摘しているように 膨大な論文があります。 しかし、あなたは医学論文を読む能力はない、と ご自身で言明していらっしゃる。 つまり、論文は読んでいらっしゃらない。 つまりどちら側の論拠もちゃんと検証していないんですよね。 わたくしは おもしろければ誰でも簡単に出せるただの書籍よりは 査読もあり、いい加減なことを書くと世に出ることすらかなわない 論文の方に信憑性を見出すのですが、 書籍だけを読んで、片方に しかも論文もまともにない方に 正当性を見出す理由はなんですか? セロトニン仮説にはNATROMさんも指摘しているように 膨大な論文があります。 しかし、あなたは医学論文を読む能力はない、と ご自身で言明していらっしゃる。 つまり、論文は読んでいらっしゃらない。 つまりどちら側の論拠もちゃんと検証していないんですよね。 わたくしは おもしろければ誰でも簡単に出せるただの書籍よりは 査読もあり、いい加減なことを書くと世に出ることすらかなわない 論文の方に信憑性を見出すのですが、 書籍だけを読んで、片方に しかも論文もまともにない方に 正当性を見出す理由はなんですか?
また、すでにNATROMさんから論文が抜粋されて提出されています。
その論文をちゃんと検証することなしに、その論文を否定することなどできるんですか? NATROMさんも言っておられるとおり、その論文と対立する 言説を唱える時は、 その論文を読みこなして研究の不備などを指摘できないと まるで話にならないように思えるのですが。
mercaさんの見聞きした、またバイアスのかかった方法で調べて出てきた、あるいは想像上の異端例数例を
引き合いに出して 全体に敷衍させるのはいささか無理があるのではないか、と。 そのようにわたくしには思えます
>そもそも、現象の原因について、不適切な事例を出しています。セロトニン不足がうつ病の原因であるという場合、内部構造因に準拠した次元の原因であり、環境因及び誘導因の次元ではありません。
つまり、mercaさんは、 ・「ほとんどの精神科医が、はなから薬物治療のみをします。それは、論理的にどう考えても、治療としては、セロトニンの不足のみを解消すればうつ病がなおるとイコールです」 という主張を撤回するということですか? 当初、mercaさんは以下のように主張していました。 A) ほとんどの臨床医が疾患Aについてはなから治療Bのみを行うとしたら、論理的に「治療Bのみで疾患Aが治る」と考えられていることになる。
命題Aは誤りです。他の治療と比較して、治療Bがコストパフォーマンスによって優れていたら、必ずしも全員が治療Bで治らなくても、第一選択として治療Bを行うのは実地臨床の場では合理的です。もし命題Aが正しいとしたら、
B) ほとんどの臨床医が高血圧についてはなから減塩治療のみを行うとしたら、論理的に「減塩治療のみで高血圧が治る」と考えられていることになる。 について、命題Bも正しいことになります。いくら医学について無知で、かつ、論理的思考能力に欠けるmercaさんであっても、命題Bが間違っていることぐらいは理解できるであろうと期待して、命題Bについて質問を続けていたのです。 さんざん質問から逃げ続けたけれども、逃げられないことをようやくご理解され、命題Aを撤回して、その代わりに「内部構造因」なる概念を持ち出したわけですね。
>セロトニン仮説は脳神経上の構造的原因(メカニズム)として語られており、本質的にうつ病の必要条件的な内部構造因となっています。
mercaさんがそう誤解しているだけですね。喫煙が肺がんを引き起こすメカニズムについてもさまざまな仮説があります。そう、たとえば「喫煙は活性酸素を介して肺がんを発生させる」という仮説があったとしましょう。これはメカニズムに関する仮説です。だからといって、まともな医学知識がある人は、「活性酸素が肺がんの発生の必要条件である」などとは考えません。「活性酸素が肺がんを引き起こすこともあるだろうが、活性酸素を介さない経路もあるかもしれない」と考えます。 (10)「セロトニン仮説は必要条件のレベル」とmercaさんは主張していますが、信頼できる文献で「うつ病の発症にセロトニン不足は必要条件である」と明記されたものはありますか? 「喫煙は活性酸素を介して肺がんを発生させる」という仮説を読んで、医学について無知な人が「活性酸素は肺がんの発生の必要条件である」と誤解することがあるかもしれません。同様に、セロトニン仮説について、医学について無知なmercaさんが必要条件であると勝手に誤解しているだけなのでは?
>内海医師は、患者に対して依存せずに自分で調べろ派です。この点、根拠を自分で調べろというニセ科学批判クラスタと同一の価値観を共有しています。
根拠を自分で調べろというニセ科学批判者もいるでしょうが、礼儀正しく質問されたら根拠を提示する人が大半だと思いますよ。相手が礼儀正しくなくても根拠を提示してあげる親切なニセ科学批判者もいます。たとえば、「薬物治療によってセロトニン不足を補ってうつ状況が改善されて治療効果があったことが、二重盲検法や無作為化対照試験で実証されていると考えてよいのでしょうか? 」という質問に対してRCTやメタアナリシスの論文を教える、など。ここのコメント欄では、2013-03-18 18:24 および2013-03-18 18:25。 「根拠を自分で調べろというニセ科学批判クラスタ」というのは架空の藁人形批判じゃないんですか? そもそも、内海医師は根拠を提示できないので「自分で調べろ」とごまかしているだけでしょう。それとも、mercaさんは、ご自分で調べたので?ご自分で調べたなら、一例でもいいから内海医師の主張を支持する医学論文を挙げてくださいな。内海医師は、根拠を自分で調べる能力のない人たちをターゲットにしているんでしょ。
>この価値観は信者を依存体質にさせるホメオパシーの由井寅子氏とは全く異なると考えます
由井寅子氏だって、口うるさい批判者がしつこく根拠を尋ねたら、「根拠は自分で調べろ」ぐらいは言うと思いますよ。それに、内海医師も十分に「信者を依存体質に」させていると思います。それはそれとして、mercaさんはどうやってホメオパシーの由井寅子氏が「信者を依存体質にさせる」と判断したんですか?本を読んだんですか?それとも本も読まずにご判断されたので? (9b)「(内海医師は)ホメオパシーや水伝の人たちとは、思想の質が異なります」とmercaさんは書いています。ホメオパシーの人たちの思想を何をもって判断したのですか? という質問に答えていませんよ。
>例えば、以下の結果をどう評価されますか? 間違いですかね。
2013-03-29 12:23 で既出です。周回遅れです。読んでなかったんですか?セロトニン仮説がニセ科学であるとしたら、重症のうつ病に効くのはなぜですか?すべて、「盲検性の破れ」で説明可能とお考えで?そうお考えとしたら、以下の質問を再掲しましょう。 (8)抗うつ剤の効果に限らず、これまで二重盲検法によって効果が「証明」された標準医療を全部否定するのですか? 「公表バイアスや盲検破りが認められないケースもある」などと仰っておられましたが、 2013-05-13 14:33にて、公表バイアスや盲検破りが認められないケースがあるとどのような方法で判断したのか、その論法だとあらゆる現代医学の分野を恣意的に否定することができるのではないか、と指摘したのですが、反論がありませんよ。 (8b)精神医学以外の分野で「公表バイアスや盲検破りが認められないケースもある」とどうやって判断しましたか? 論文を読みこまないとそんな判断はできないと思います。
>医者によって診断名がバラバラになるのは、精神科医の力量に差異があり、精神医学そのものが他の医学よりも遅れていることを露呈しています。
病理ですら診断名がバラバラになることがあります。 (11)同一のプレパラートを複数の病理医が見て診断がバラバラになることがあるという事実から、病理学そのものが他の医学より遅れていることになりますか? 一方、典型的な統合失調症や大うつ病の診断は、どの精神科医が診ても同一の診断になるでしょう。私が診ても診断は間違えません。内科領域だって、そうですね、たとえばMCTD(混合性結合組織病)の微妙なケースは医師によって診断名がバラバラになると思います。 そんでもって、mercaさんは以下の質問には答えていませんね。 7)「医者の主観によって病名はラベリングされる」ことを問題にするというのであれば、精神医学全体がニセ科学であると、そうmercaさんは仰っておられるのですか? 結局、精神医学全体がニセ科学なんですか?違うんですか?どうして明言できないんですか?
>当の専門的知識そのものが間違っているという議論です
「進化論は間違っている!」などと主張する人も、進化生物学について無知なまま、「当の専門的知識そのものが間違っている。間違った専門的知識を身につけても無知が増すだけ」と主張しますね。mercaさんはただのトンデモさんと同じに見えます。創造論者とどう違うの?「相対性理論は間違っている」論者は、相対性理論についての知識がありません。実に典型的です。 >私は、医学の専門家ではありませんので、十分に医学論文を吟味する力はありませんが、医学の専門家が誠実性を欠き、嘘を垂れ流すところに問題があります。 (12a)内海医師が「誠実性を欠き、嘘を垂れ流」していないと、どうやって判断しますか?十分に医学論文を吟味する力がなければ、判断のしようがないのでは? >庶民はそのような医学の専門家による不正に対してどのような異議申し立をしていくかが問題です。 ごくごく基本的なリテラシーを身につければ、内海医師の嘘ぐらいは容易に見抜けるようになります。頑張って。
(12b)mercaさんは十分に医学論文を吟味する力がないとするならば、カーシュやウィタカの主張を、論文を検討せずに鵜呑みにしたということでよろしいですか?
あと、今回、お答えがない質問を再掲します。 (3)「社会病理学や臨床社会学がうつ病に効果があると一般化したいのなら、全てのうつ病患者に効果があったという実験データ」が必要になるとお考えですか? 「内部構造因」とやらを持ち出すのであれば、当然、「全てのうつ病患者に効果があったという実験データ」が必要なるのでしょうかねえ。
論宅です。とっぽさんにも。
基本的な間違いを犯しています。それは、医学論文が無条件で正しいというドクサです。医学論文だから全て正しいという根拠を示して下さい。 正しくない医学論文を根拠としたところで、何ら自説の正当性とはなりません。書籍であれ、医学論文であれ、内容が正しくないものは正しくないのに、なぜ一般書籍よりも医学論文だから正しいと帰結できるわけですか? 例えば、「セロトニン欠乏脳」を書いた有田教授の医学論文を信用できますか? 医学論文だから正しいというとっぽさんの思考形態は、ニセ科学に騙される人が科学と名乗るから信じるという思考形態と同一です。 逆に、再度、掲載します。 例えば、以下の結果をどう評価されますか? 間違いですかね。 「世界保健機関とその関連機関は、「パロキセチン」の未公表試験を含めてメタ分析し、偽薬は抗うつ薬の83%の効果であった[97]。 欧州の規制機関も、認可された抗うつ薬(SSRI、SNRI)の保有データを分析したところ、同様の結果であった[98]。」 (http://ja.wikipedia.org/wiki/抗うつ薬より学術的引用) この記述は全て嘘であることを示してみて下さい。
NATROMさん の解釈のように、セロトニンは必要条件ではなく、うつ病の一要因になる可能性もあると考えるのなら、セロトニン仮説は反証不可能な命題となってしまいます。セロトニン仮説が正しいかどうかは、白黒をつけることができないことになります。つまり、不都合な実験データが出ても、言い訳をして永久に反証されない命題となっています。カール・ポパーは反証不可能な命題を科学から除外します。正しく非科学ですね。セロトニン仮説に不都合な実験データは多く出でいますが、メカニズム仮説でないと言い逃れることで、生き残ってきているわけです。
(http://ja.wikipedia.org/wiki/抗うつ薬より学術的引用) にも不都合なデータが示されています。 NATROMさんのようにセロトニン仮説を捉えると、反証不可能な命題となり、それこそセロトニン仮説は永久に反証不可能なニセ科学となります。また逆に、セロトニン仮説がメカニズム仮説だとしたら、すでに反証されていることになります。どちらにしても、セロトニン仮説は間違った科学になってしまいます。
わたくしは
医学論文が無条件で正しいなんてこれっぽっちも思っていません。 ただ > なぜ一般書籍よりも医学論文だから正しいと帰結できるわけですか? これはわたくしのコメントに書かせていただきましたが 「わたくしは おもしろければ誰でも簡単に出せるただの書籍よりは 査読もあり、いい加減なことを書くと世に出ることすらかなわない 論文の方に信憑性を見出すのですが、」 の部分が答えです。 査読ってかなり厳しいですよ 専門家を納得させられない論文は終わり、です。 論証、検証がおざなりだと一発でrejectされて 発表することすらおぼつきません 書籍なんて、ちょっとおもしろいことがかければ 簡単に出せるのに、 わたくしのなかでは信憑性に 大きな差があります。 NATROMさんが内海医師が論文を書いたら読みます、とか 内海医師の主張を裏付ける医学論文はありますか、とか 散々にこだわっているのは 書籍はあんぽんたんでもかけるけれども 論文は誰にでも書けず、 信頼のおける医学雑誌は査読も厳しいので 阿呆なことは書いてないだろうし 読むに値する可能性が書籍よりは 幾分高い、という意味だとわたくしはとらえています ただ、査読はその論文の正誤は保証しません 論文の内容で論証検証過程に不備はないか 明らかな間違いはないか、などをチェックします。 ですんで、査読つきの医学雑誌に論文が載ったからって その論文が必ずしも正しいとは言えないです というか 論文が出て、大論争、論文がまちがってた なんてこととってもよくあることなのです 例えば、以下の結果をどう評価されますか? 間違いですかね。 「世界保健機関とその関連機関は、「パロキセチン」の未公表試験を含めてメタ分析し、偽薬は抗うつ薬の83%の効果であった[97]。 欧州の規制機関も、認可された抗うつ薬(SSRI、SNRI)の保有データを分析したところ、同様の結果であった[98]。」 (http://ja.wikipedia.org/wiki/抗うつ薬より学術的引用) この記述は全て嘘であることを示してみて下さい。 すでにNATROMさんが説明してますよ もう一度読んで見てください。 嘘ではありませんが、ちゃんと説明がつきます。
ただ
論文を否定する際にも否定する側にも当然のことながら それなりの論拠が求められます ただ、何も論拠のないまま否定しても 相手にされません 当然ですよね。 mercaさんの否定の仕方は 素人向けの一般本を読んで その内容を誤解しそれを持って 論文を否定している、ということですよね。 論文を読まずに。 論文を否定するなら、論文の不備を指摘しなきゃ。
論宅です。とっぽさん コメントありがとうございます。
ちなみに、書籍でも、以下のような専門書は、学術論文の体裁をとっており、論文と同一です。 アービング・カーシュ著「抗うつ剤は本当に効くのか」、エリオット S.ヴァレンスタイン著「精神疾患は脳の病気か?―向精神薬の科学と虚構」、ロバート・ウィタカー著「心の病の「流行」と精神科治療薬の真実」 これらの本は自説の論拠を示す過去の実験を具体的に明示しています。私の専攻の社会学などでは特にそうですが、要するに専門書の場合、著者が学会に発表した論文を寄せ集めて書籍化されていることが多いです。つまり、専門書を読むことは論文を読むことと同一です。ちなみに、これらの著作は、わざわざ日本の精神科医や大学教授が翻訳しています。なのに、私が論文を読んでいないと言いがかりをつけてくるわけですか。これらの著作=医学論文を読めば読むほど、セロトニン仮説を否定する過去の実験が多く紹介されており、セロトニン仮説が何とも心もとない仮説であるとわかります。NATROMさんが示された論文だけが真実であり、私の読んだ上記3人の専門書=論文やそれに引用された医学実験が嘘であるという根拠が知りたいです。
「三角さんの仰ることは概ね正しいです。「軽症のうつ病において抗うつ剤の効果の大半はプラセボ効果で説明しうる」というふうに私は理解しています。2013-02-28 15:36のコメントで「軽症のうつ病に対してSSRIを使うかどうかは検証される必要があります」と書いたのも、その辺のことを念頭においてのことです。重症の場合はまた別の話ですね。」
NATROMさんは、カーシュの主張を認めながらも、セロトニン仮説は反証されていないと矛盾したことを言っていますね。しかし、抗うつ剤の効果がほぼ偽薬効果なら、抗うつ剤の作用機序(セロトニンがうつ症状に作用する)は働いていないことになり、セロトニン仮説は破綻しています。 プラセボ効果が実質なのに抗うつ剤の作用機序としてセロトニン仮説が示されたまま、投薬を受けるのは、ニセ科学となります。少なくとも、患者の立場からはそうなります。つまり、薬物治療は、偽薬効果による治療であり、ニセ科学たるホメオパシーと同じになってしまいます。
すみません。
わたくしはセロトニン仮説が正しいとは一言も言っておりません わたくしが批判しているのはmercaさんの反論の論の立て方のみです。 > 私が論文を読んでいないと言いがかりをつけてくるわけですか。 ・・・・ 2013-05-26 11:16のあなたの発言 > 私は、医学の専門家ではありませんので、十分に医学論文を吟味する力はありません とありましたので、NATROMさんの提示した論文を読むことはできておらず 読んでいないと判断し、先の発言をしました。
> プラセボ効果が実質なのに抗うつ剤の作用機序としてセロトニン仮説が示されたまま、投薬を受けるのは、ニセ科学となります。少なくとも、患者の立場からはそうなります。つまり、薬物治療は、偽薬効果による治療であり
軽症例に限って言えばそれは間違いではないと思います。 NATROMさんも言っておられるとおり。 重症例ではそうではありません 薬効がはっきりしています 今はもう眠いので典拠論文を出すのはちょっと厳しいですが ちなみにですが、 セロトニン仮説以外にもうつ病の原因にはいろいろあります 神経可塑性仮説 DMN仮説 ドーパミン仮説 その他 抗うつ薬は本当に効くのかの134ページで言及されている スタブロンという薬の話です スタブロンはSSREですが、 神経細胞の樹状突起を延ばす作用があることも知られています ストレスが樹状突起を縮める、ということも含めて考えると セロトニン仮説ではなく神経可塑性説の一つの根拠になっているとも言えます。
またプラセボですが、
プラセボにより、ドーパミンのリリースが関係している可能性が示唆されています。 プラセボによりドーパミンがリリースされた、というPETの検査結果もあります 三環系抗うつ薬がドーパミンを増やすことからうつ病のドーパミン仮説の 根拠の一つとなっています。
何が言いたいかというと
「セロトニンなんとか薬」が処方されているからといって セロトニン仮説が正しいとは言えないし、誰もそんなこと思ってないし (原因の一つだということはあるだろうけど) それを持ってmercaさんの言う結論に持っていくのは無理があるのではないか、と思うわけです。
http://www.secretariat.ne.jp/jsmd/mood_disorder/img/120726.pdf
これなんか参考になります。 カーシュへの言及、またそれに対する反論、不備の指摘などもまとめられています。 これで取っ掛かりをつかんだら原著論文に当たって さらに理解を深められるとよいかと思いますよ。 わたくしはその原著論文すべてabstractだけは目を通しました。 わたくしがどう思っているかはあえて言わないでおきます。 まずはmercaさんがしっかりとkirscheの論争について 理解していただかないと会話になりませんので・・・ その後、わたくし自身の立ち位置を明らかにしたいと思います。
論宅です。コメントありがとうございます。
共通の前提がない限り、議論は平行線をたどることになります。しかし、私と皆様との共通の前提がやっとみつかりました。 それは、軽度のうつ病に関しては、抗うつ薬はセロトニン仮説に基づく作用機序による効果ではなく、偽薬効果しかないということです。 従って、日本うつ病学会の理事長である野村総一郎氏が出している「うつ病専門医が教える1」(幻冬社)という書物に代表されるように、多くの精神科医が書いたガイダンス本は、偽薬効果であることを隠して、セロトニン仮説に基づく抗うつ薬の作用機序を図示して説明し、うつ病一般に薬物治療をすすめているわけですから、それを見て精神科に通って薬物治療を受けている軽度のうつ病患者にとっては、完璧にニセ科学となるわけです。 抗うつ薬はほとんど偽薬だけれども、効くから服用してみて下さいという精神科医はいないのでニセ科学となります。多くの患者は抗うつ薬に偽薬以上の効果があると騙されて、服用していますので、ホメオパシーと同じで、ニセ科学となります。
提示した文献の22ページ。
>基本的な間違いを犯しています。それは、医学論文が無条件で正しいというドクサです。医学論文だから全て正しいという根拠を示して下さい。
すでにとっぽさんが指摘していますが、、誰も「医学論文だから全て正しい」なんて言っていません。架空の藁人形批判です。本当に、mercaさんは、ただの典型的なトンデモさんだったんですね。 「相対性理論は間違っている!」「じゃあそのことを示す論文はあるの?」「論文だから全て正しいという根拠を示せ」 とても典型的です。 >セロトニンは必要条件ではなく、うつ病の一要因になる可能性もあると考えるのなら、セロトニン仮説は反証不可能な命題となってしまいます。 mercaさんが科学や医学について無知だから、そのように誤解しているだけですね。うつ病に対するセロトニンの寄与の大きさについて、証拠が積み重なることで評価が変化してきています(つまり反証不可能でもなんでもない)。クーンのいう通常科学の過程に過ぎないと思います。
>以下のような専門書は、学術論文の体裁をとっており、論文と同一です。
>・・・・ >これらの本は自説の論拠を示す過去の実験を具体的に明示しています。私の専攻の社会学などでは特にそうですが、要するに専門書の場合、著者が学会に発表した論文を寄せ集めて書籍化されていることが多いです。 だったら、「(カーシュとウィタカやヴァレンスタインの)主張を支持する医学論文、できればRCTやメタアナリシスといったエビデンスレベルの高いものはありますか?」という質問にmercaさんが答えられずに逃げたのはなぜですか? mercaさんがまともな論者であれば、「専門書」を読み、その根拠となる論文に目を通し、正しいかどうかを判断するでしょう。論文の提示を求められたら、容易に提示できるでしょう。実際には、mercaさんがまともな論者ではなく、医学論文を読むスキルがありません。よって、「専門書」の根拠となる論文を読むことができず、論文の提示もできません。 (13)「医学論文だから全て正しい」わけはないですね。「専門書」が「論文と同一」だとして、十分に医学論文を吟味する力がないmercaさんは、いったいどうやって「専門書」の内容が正しいと判断したのですか?
>NATROMさんが示された論文だけが真実であり、私の読んだ上記3人の専門書=論文やそれに引用された医学実験が嘘であるという根拠が知りたいです。
それはこちらが言いたい。mercaさんの主張の根拠が知りたいので論文を示せとこちらが要求したのに、mercaさんはその要求に答えられなかったんですよ。議論したいのなら、論文を提示するだけでは不十分で、mercaさんは論文を読みこんだ上で主張しなければならないのに、その能力に欠けていると自白したんです。 私が想像するに、カーシュとウィタカやヴァレンスタインは、「まともな」精神医学批判の本なのでしょう。どのような論文が引用されているかも、概ね想像がつきます。問題はですね、カーシュとウィタカは、けっして内海医師の主張には賛同しないであろうということなんです。「あんなトンデモで薄っぺらい精神医学と一緒にするな」と憤慨すると思いますよ。mercaさんは医学について無知だから、まともな精神医学批判と、内海医師のトンデモが区別がついていないのではなかろうかと予想し、そしてその予想が当たりつつあるってところです。
医学の進歩に伴って考え方や治療法が変化するなんてことはよくあります。βブロッカーは以前は心不全には禁忌でしたが、いまでは心不全の治療薬の一つです。ポリオ生ワクチンは以前の日本では有用でしたが、自然発生のポリオが激減したことによってむしろリスクのほうが大きくなりました。
「βブロッカーは以前は心不全には禁忌」という説や「ポリオ生ワクチン」は、ニセ科学なのでしょうか?私はニセ科学ではないと考えます。通常の科学の進歩によくある仮説の修正に過ぎません。セロトニン仮説も同様な理由でニセ科学ではありません。 セロトニン不足はうつ病の主因ではないかもしれませんし、軽症うつ病に対する第一選択は薬物治療ではなくなるかもしれません。ただ、そのことをもってセロトニン仮説がニセ科学であるとするならば、βブロッカーやポリオ生ワクチンの事例とどこが違うのか、明確に示していただきたい。というか、mercaさんは、βブロッカーやポリオ生ワクチンの事例についてご存じないのでしょう?そんなんだから、内海医師のトンデモ説にころっと騙されるんです。
mercaさんが逃げ続けている質問を再掲しておきます。
(7)「医者の主観によって病名はラベリングされる」ことを問題にするというのであれば、精神医学全体がニセ科学であると、そうmercaさんは仰っておられるのですか? (8)抗うつ剤の効果に限らず、これまで二重盲検法によって効果が「証明」された標準医療を全部否定するのですか? (8b)精神医学以外の分野で「公表バイアスや盲検破りが認められないケースもある」とどうやって判断しましたか? (9b)「(内海医師は)ホメオパシーや水伝の人たちとは、思想の質が異なります」とmercaさんは書いています。ホメオパシーの人たちの思想を何をもって判断したのですか?
(10)「セロトニン仮説は必要条件のレベル」とmercaさんは主張していますが、信頼できる文献で「うつ病の発症にセロトニン不足は必要条件である」と明記されたものはありますか?
(11)同一のプレパラートを複数の病理医が見て診断がバラバラになることがあるという事実から、病理学そのものが他の医学より遅れていることになりますか? (12a)内海医師が「誠実性を欠き、嘘を垂れ流」していないと、どうやって判断しますか?十分に医学論文を吟味する力がなければ、判断のしようがないのでは? (12b)mercaさんは十分に医学論文を吟味する力がないとするならば、カーシュやウィタカの主張を、論文を検討せずに鵜呑みにしたということでよろしいですか?
論宅です。
よくコメントを読んで下さい。残念ながら、とっぽさんが示された日本うつ病学会のガイドラインは、既に読んでいます。以下の日時のコメントを読んで下さい。Commented by merca at 2013-03-18 22:51 x それと、(10)「セロトニン仮説は必要条件のレベル」とmercaさんは主張していますが、信頼できる文献で「うつ病の発症にセロトニン不足は必要条件である」と明記されたものはありますか? 明記されている必要はないでしょう。抗うつ剤の作用機序においてシナプスと神経伝達物質が図示されていれば、誰が見てもメカニズム仮説つまり必要条件を意味します。また、何をもって信頼できる文献とするのですか? 医学の教育を受けた医師とすると、内海医師も含まれることになります。 いやはや物理学のような自然科学よりも医学は随分曖昧ですね。私が自然科学の水準の科学性を医学に要求していること自体が誤りかもしれません。医学を厳密な科学として捉えようとした私は確かに医学に無知かもしれませんね。そして、同じく内海医師が抱く科学のモデルに精神医学が達していないということでしょう。
何かだんだん投げやりな態度に
なっているように見えますが、 あのガイドラインをちゃんと読んでいたら出てこない言説が mercaさんの発言には 目白押しなんですが、 自分の都合のいい場所だけ 拾い読みしたか ちゃんと理解できていないか、 のどちらですかね。 少なくともちゃんと読んでいたとするならば 上記引用のコメントは的を外しすぎです。
> また、何をもって信頼できる文献とするのですか?
わたくしの場合は ちゃんと権威のある査読のあるレベルの高い 医学雑誌に論文として掲載されていること、が 第1条件ですね。 書籍はダメです。玉石混交です。まともな本もあれば あんぽんたんな本もありますので。 その論文の正誤はわかりませんが、 少なくとも真面目に検討する気にはなります。 そして、その論文の引用された論文などを参考に その論文の正誤を判断します。 NATROMさんが言っておられますが、 書籍で、学会でちゃんとコンセンサスが得られた内容を わかりやすく書いているものはトンデモではないです。 しかし、学会でコンセンサスの得られていない、 学会を否定する内容を書いている一般書は 100%トンデモだと思っています。 もしも学会でコンセンサスを得られた内容を ひっくり返したいのであれば、 せめて論文という形で出してきてほしい、 ちゃんと土俵に上がってきてほしいと思っています。 土俵に上がれない遠吠えはただのトンデモです。
内海医師のは
論文という形で発表できず ただ単純に センセーショナルな内容を素人に向けて 書いているだけなので。 しかも学会を否定するような内容を。 否定したいなら土俵に上がってきてください、 あがれないならただのトンデモの遠吠えです と内海医師には言いたい。
> 物理学のような自然科学よりも医学は随分曖昧ですね。
いやぁ、 物理学の分野でもものすごい曖昧さは山ほどありますよ。 > 。私が自然科学の水準の科学性を医学に要求していること自体が誤りかもしれません。 いや、「自然科学の水準の科学性」というものをあなたは 全く理解していない、というか知らない、 そうでしょう?
> 同じく内海医師が抱く科学のモデルに精神医学が達していないということでしょう。
いや、内海医師はタダのトンデモでちゃんと精神医学の土俵に上がれず 外部から遠吠えするしかできないタダの 可哀想な人、といったところですかね。
>抗うつ剤の作用機序においてシナプスと神経伝達物質が図示されていれば、誰が見てもメカニズム仮説つまり必要条件を意味します。
その主張に対しては既に2013-05-27 16:14 において反論していますが、merca さんによる再反論はありません。2013-05-27 16:14の私の反論の要点を以下に再掲します。 抗うつ剤の作用機序においてシナプスと神経伝達物質が図示されていたとしても必要条件を意味しない。必要条件ではなく主因あるいは一因であると考えられていたとしても、そのような図示がされることもあるだろう。たとえば「喫煙は活性酸素を介して肺がんを発生させる」という仮説があり、そのことを示す図示がなされていたとして、通常の理解力を持った人であれば「活性酸素が肺がんの発生の必要条件である」などとは考えない。そもそも「メカニズム仮説つまり必要条件」というmercaさんの理解からして誤りである(異論があるなら活性酸素説の例について反証せよ)。
>いやはや物理学のような自然科学よりも医学は随分曖昧ですね。
おそらくmercaさんの想定する「物理学」は、高校物理か、あるいはせいぜい大学教養部で習う範囲の物理学であると推測します。とっぽさんの指摘のように、先端の分野であれば「曖昧さは山ほどある」ことは容易に推測できます。「自然科学の水準の科学性」についてmercaさんが理解していない、全く知らないというとっぽさんの指摘に賛同します。 それはそれとして、医学が高校物理と比較して、ある意味曖昧であるというのは事実です。医学と重なるが疫学も曖昧ですし、生物学の一部、そして気象学なども曖昧な科学です。生体や気象といった複雑な対象を扱う科学には、それに相応する科学の方法論があります。その点をまったくmercaさんは理解していません。 >同じく内海医師が抱く科学のモデルに精神医学が達していないということでしょう。 その主張が事実だとして、内海医師もまた、mercaさんと同じく、医学を理解していないことを示しているに過ぎません。ただのトンデモさんでしょ。
論宅です。
とっぽさんの考え方は、端的に権威主義にしかすぎないように思えます。何度も繰り返しますが、学会に発表された論文だから信頼に値する、あるいは学会で合意を得ているから正しいという考えは、真理の(社会的)合意説という一つの相対的な立場にしかすぎません。 自然科学は、むしろ真理の対応説に立脚すべきでしよう。自然界の法則は、多数決の合意とは無関係に存在します。多数決の合意と、科学的な真理は区別されるべきです。物理的リアリティと社会的リアリティの区別が全くできていませんね。 今回の議論は、私も珍しく、わざと社会学の立場を少し離れて、社会的リアリティに準拠せず、物理的リアリティに準拠して発言しています。 ちなみに、役立つから正しいと考えるのは、真理の効用説です。例えば、NATROMさんが考えるように、偽薬であれ、抗うつ剤は治療効果があれば、メカニズム解明と関係なく、使用するのは正しいとするのが真理の効用説です。原因不明でも、役に立てば正しいとする考えです。この考えは社会を維持する上では必要ですが、自然科学的な科学観とは異なります。実学としての医学が真理の効用説を採用せざるを得ない事情は理解できます。
実学としての医学が真理の効用説に準拠して正当化されているということで、自然科学と違って曖昧になるわけです。
なお、仮に私が医学に無知であり、医学論文を根拠にしなかったとしても、セロトニン仮説の真偽とは無関係です。私がどう思おうと、自然界の法則を変える力はありません。私の思考とセロトニン仮説の真偽は無関係です。 ニセ科学批判者の特徴ですが、内容そのものを議論するのではなく、相手の発言者の傾向や性質のほうに関心がいき、まともな議論にならず、人を説得できません。 NATROMさんの質問のほとんどが的を外し、議論とは無関係な方向にもっていこうとしています。私が安易に議論と無関係な質問に答えると、話が別の方向に行くのを懸念しています。残念ながら、私は意図的な誘導質問の罠にはひっかかりません。
> 端的に権威主義にしかすぎない
そうかもしれません。 ですがそうだからといって でたらめな内容の書籍が正しいということにはなりません。 > 多数決の合意と、科学的な真理は区別されるべきです。 全くその通り。 学会発表された論文は決して多数決の合意ではありません。 一部人文系の学問では多数決の合意があるように見受けられますが 一度論文が出た段階で、様々な学者が追試を行います。 その論文が正しいかどうかを 真理の対応説に立脚した方法で実験、治験、などを行い、 多くの研究者の追試にも耐えた場合に 真理とされます 決して無条件な多数決ではありません。
> 残念ながら、私は意図的な誘導質問の罠にはひっかかりません。
その台詞は質問にちゃんと答えてから言ってほしいです。 質問に答えられない人の捨て台詞として典型的すぎる言葉なので。 NATROMさんの各種質問がどのように本題にからんでくるかは 逐一NATROMさんが説明していますが、 それは読んでいますよね。
「たとえば「喫煙は活性酸素を介して肺がんを発生させる」という仮説があり、そのことを示す図示がなされていたとして、通常の理解力を持った人であれば「活性酸素が肺がんの発生の必要条件である」などとは考えない。」
確かに、必要条件だと思わないでしょう。それは喫煙という外部からの誘因によって活性酸素を生み出し、肺がんを起こすという図示だからです。喫煙と活性酸素は誘因にしかすぎないからです。 しかし、内部構造のレベルである癌細胞の発生機序たる遺伝子の異変による細胞増殖過程が図示されていたら、遺伝子の異変による細胞増殖過程は必要条件となるでしょう。おそらく、遺伝子の異変による細胞増殖過程が図示されていると必要条件として受け取ります。遺伝子の異変による細胞増殖過程のない癌はないと考えられていますから。 神経伝達物質とシナプスの図示は、癌細胞の遺伝子異変による細胞増殖過程と同じく、うつ病にとっては内部構造たるメカニズムです。これくらいの差異は、医者だったらわかるでしょう。 抗うつ剤の作用機序がセロトニン仮説のメカニズム仮説であることを認めてはそんなにまずいのでしょうかね。
専門家による誠実性を欠く二枚舌が問題です。
日本うつ病学会の野村医師や「セロトニン欠乏脳」の有田教授らは、おそらく学会ではセロトニン仮説は仮説であると言っているかもしれませんが、一般向けの本では、セロトニン仮説をあたかも実証された定説であるかのように宣伝しています。それで、以前の私のように誤解する人間が出てくるわけです。セロトニン不足がうつ病の原因であると。 私がニセ科学現象として重要視しているのは、患者サイドである一般大衆の視点からです。専門家が、学会では慎重に発言しながら、一般人には大胆になり、嘘をつくということです。学会と一般人に対する二枚舌こそが、専門家によるニセ科学の基本です。学会に所属しその権威を利用して、一般人を騙すわけです。トンデモ団体ではなく、日本うつ病学会に属しているから信じるわけです。「うつ病の症状は、脳内の情報伝達物質(とくに気分や意欲、不安などに関わるセロトニンやノルアドレナリン)の量が減少し、神経細胞間での情報伝達がうまくいかなくなるために起ると考えられています」と断定されると、信じてしまうわけです。
> 専門家による誠実性を欠く二枚舌が問題です。
これは、一般向けに啓蒙する際にどこを端折るか、という問題だけのような 気がしますね。 まさか一般向けに高度な論文の検証過程や専門家にしか 分からないような内容を出しても伝わらないでしょう それとも どんなにややこしく、長く複雑になってもいいから、 専門家たる人たちは完璧に伝えなければならないと? 私はそうは思いません。 専門家が一般大衆に啓蒙する際は 必ずどこか端折る必要が出てきます。 そこでセロトニン仮説の説明をちょっと端折っただけの ような気がしますね。 「セロトニン欠乏脳」という本は読んでいないのですが、 有田教授という人がまともな人であるならば、 上記に帰結させてしまえるような気がします。
似たような話はあらゆるニセ科学において見られます。
相対論は間違っていた、と主張する人は 一般向けの本を読んで分かった気になり、 一般向けのためあえて詳説しなかった部分を とりあげて糾弾します。 典型的です。
> 日本うつ病学会に属しているから信じるわけです。
一部の読者が誤読しているだけの気がします 「うつ病の症状は、脳内の情報伝達物質(とくに気分や意欲、不安などに関わるセロトニンやノルアドレナリン)の量が減少し、神経細胞間での情報伝達がうまくいかなくなるために起ると考えられています」 これは断定とはわたくしには読めません。 「考えられています」 この言葉はまさしく仮説であるという説明だと思いますね。 わたくしにはとても 「セロトニン仮説をあたかも実証された定説であるかのように」 言っているようには見えません。 断定しているように誤読するのはおそらく 素養を欠く一部の人間だけではないか、と わたくしには思えます。 大多数の人はちゃんと理解しますよ。
論宅です。
「うつ病の症状は、脳内の情報伝達物質(とくに気分や意欲、不安などに関わるセロトニンやノルアドレナリン)の量が減少し、神経細胞間での情報伝達がうまくいかなくなるために起ると考えられています」 専門家が見れば、とっぽさんのように思うでしょう。 なるほど、知識社会学的には、これこそ正しく専門バイアスのなせるわざ何です。とっぽさんのようにある程度専門的であれば、セロトニン仮説は仮説であるという前提知識があるので、そう思う訳ですが、そうでない一般人にとっては異なって解釈されます。医者が言うのだから、学会の公式見解で科学的真実だと思う訳です。 要するに、視点の違いです。社会学では自己の立ち位置を相対化する訓練を受けます。事物の解釈は、所有する知識、所属集団、社会階層によって、異なります。医学の素養を欠く人の方が多数です。精神医学の専門的知識は、一般大衆には広がっていません。 端折るのなら、仮説であると一言明記することこそ、専門家の誠実性となります。数は少ないですが、中にはきちんと、一般向けでも表記しているガイダンスもありますから。日本うつ病学会理事長ならば、なおさら義務です。
自分たちがそうだから皆もそう考えると思い込んでませんか?
高校で教科書で精神医学のセロトニン仮説を教えますか? 文系の大学で教科書で精神医学のセロトニン仮説を教えますか? 日本人の人口の中で医者になる人口はわずかであり、普通に日本人として教育を受けると、精神医学の専門的知識を知っている人は少数です。素養のない知らない人のほうが大半です。 私を否定せんがために、社会の問題を、私個人の受け取り方の問題として片付けようとしています。 自分たちの属する専門集団や社会階層の物の考え方が全ての人に通用すると考えがちです。一つの絶対主義です。 ここで以前にコメントしていた、まっこいさん、鈴木さんのコメントを見て下さい。私個人の問題ではありません。社会学を専攻する私としては、社会問題として捉えず、一人のトンデモ個人の問題に帰着させようとするニセ科学批判クラスタたちの物語には共感することはありません。 内海医師の問題もそうですが、特定の奇異な個人の戯言として片付け、社会問題化しないところに、ニセ科学批判クラスタの問題があります。
>とっぽさんの考え方は、端的に権威主義にしかすぎないように思えます。
何度も指摘されていますが、他のトンデモ説の支持者も全く同じことを言いますよね。こんな感じ。 「ホメオパシーには効果がある」 「メタ解析の論文ぐらいは読んでそう言っている?」 「論文だからといって必ず正しいとは言えない。端的に権威主義にしかすぎない」 mercaさんはその辺のトンデモ説の支持者とまったく違いがありません。 セロトニン仮説でもなんでも、学会で受け入れられている説を批判しようってのなら、論文を読むぐらいの努力はしなければならないんですよ。
>確かに、必要条件だと思わないでしょう。それは喫煙という外部からの誘因によって活性酸素を生み出し、肺がんを起こすという図示だからです。喫煙と活性酸素は誘因にしかすぎないからです。
セロトニン不足だって、ストレスという外部からの誘因で起こり得るのでは? >しかし、内部構造のレベルである癌細胞の発生機序たる遺伝子の異変による細胞増殖過程が図示されていたら、遺伝子の異変による細胞増殖過程は必要条件となるでしょう。 そうだとして、それは単に「図示が必要条件を指すこともあるし、単に主因や要因の一つを指すこともある」ことを示したに過ぎません。論理的に考えましょう。 >これくらいの差異は、医者だったらわかるでしょう。 医師だからmercaさんが誤読しているとわかるんですよ。
>ここで以前にコメントしていた、まっこいさん、鈴木さんのコメントを見て下さい。
こちらから質問したら両者ともいなくなりましたねえ。 医学に関して誤解している患者さんが存在するというのは事実です。ですが、そこから「一般人を騙している」とか、「精神医学はニセ科学である」とか、そういう結論はまったく導けません。 「風邪は抗生剤で治る」と誤解している患者さんはわりといますが、だからといって、「内科医は一般人を騙している」「感染症学はニセ科学だ」ってことになりますか? 固形癌に対する化学療法についても、医師は延命効果を期待しているに過ぎないのに、患者側は治癒を期待していることもあります。この辺の誤解につけこむことで、船瀬俊介氏の「癌治療をするな」系の本が売れています。これらの本の内容を信じている人もいくらだっていますよ。mercaさんの論理だと船瀬俊介氏も擁護できてしまいます。内海医師の主張は船瀬俊介氏と同レベルでしょ。
> 内海医師の問題もそうですが、特定の奇異な個人の戯言として片付け、社会問題化しないところに、ニセ科学批判クラスタの問題があります。
実地臨床にはいろいろな問題点はありまして、たとえば、以下のような批判は妥当です。 ・風邪に対してなど、安易に抗生剤が処方されている現実がある。適応を見極めるべき。 ・パフォーマンスステータスの悪化した終末期の癌患者には余命延長が見込めないため、積極的な抗がん剤治療をすべきでない。 ・うつ病患者に抗うつ剤に過剰に投与されている傾向がある。また、最近の研究では、軽症のうつ病患者には必ずしも薬物治療が第一選択でないほうがよい可能性が示唆されている。 こうした問題は社会問題化されています。mercaさんが知らないだけで。 一方で、以下のような主張はトンデモです。 ・抗生剤は一切効かない。感染症学はニセ科学である。内科医は患者を騙している。 ・抗癌剤は一切効かない。腫瘍内科学はニセ科学である。腫瘍内科医は患者を騙している。 ・抗うつ剤は一切効かない。精神医学はニセ科学である。精神科医は患者を騙している。
トンデモ説やニセ科学に騙されている一般の人たちについて、専門家が一方的に批判するだけでは問題は解決しないというのはその通りです。ニセ科学批判クラスタでもさんざん議論されてました。社会学を専攻する人はこの問題について有用な提言ができるでしょう。いわゆるニセ科学批判批判にも有用なものがあることは私も認めています。
けれども、それは、何がニセ科学であるかについて、最低限の知識が必要でしょう。ホメオパシーを信じている人が、ホメオパスに騙されている人たちについての対策をまともに論じることができますか。 「内海医師による精神医学批判はニセ科学批判」なんて主張する人は、ただの「騙されている」人ですよ。ニセ科学批判批判の中でも、もっともどうしようもない最低レベルのものです。ニセ科学批判批判をするなら、内海医師の主張の問題点ぐらいは十分に理解した上でしてくださいな。
> とっぽさんのようにある程度専門的であれば
とんでもない!!! わたくしは、大学さえ満足に出ていないずぶの素人です。 精神医学のことも今回の議論を横で眺めてはじめていろいろ調べました。 pubmedのことも今回の議論で始めて知ったし、 医学論文をまともに検索して読んだのもこれが初めてです。 セロトニン仮説のことすら知らなかった人間です。
冗談はさておき。
あなたの論の立て方に違和感があったので、この議論を 興味深く眺めていました。 例えば 追い詰められると突然新しい概念を持ち出し 突破しようとする、議論を拡散させようとする 論破された事柄はなかったかのように 以降その事柄に触れることなく 同じ主張を繰り返す
これらの手法に違和感があったため、
議論の行く末を眺めていました。 そのため、議論の内容としては どっち側につくでもなく、 論の立て方、議論の方法論にのみ 注視していました。 はっきり行ってしまえば、素人です。 おそらくはmeraさん以上に医学の素人です。
そんなわたくしですら
論文を検索し、読み、自分なりの考えを持つことができました。 内海氏の欺瞞に気づくことができました。 > そうでない一般人にとっては異なって解釈されます > 医学の素養を欠く人の方が多数です。精神医学の専門的知識は、一般大衆には広がっていません。 わたくしも医学の素養を欠く人間の一人ですが > わたくしにはとても > 「セロトニン仮説をあたかも実証された定説であるかのように」 > 言っているようには見えません。 このように読めました。 > 自分たちがそうだから皆もそう考えると思い込んでませんか? この言葉はそのままずばりお返ししたいと思います
今回のこの議論におけるわたくしの医学的なコメントは
すべて素人の付け焼き刃、行き当たりばったりのものです。 見る人が見れば胡散臭さ満開でしょう。 NATROMさんから見れば阿呆なコメントであることでしょう。 間違いだらけだと思います。 その間違いをあなたから指摘されるならば わたくしのあなたへの評価を考え直すきっかけにはなるかもしれません。
論宅です。
とっぽさんは、中立を装っていますが、私には、中立的な立場だとは、到底思えません。なぜなら、セロトニン仮説反対派の書物や論文を読んでいないからです。両方を理解して判断するというのが、正当な判断です。相手の主張を読まなくても分かるというのは、相当の専門家です。読まなくても分かるのは、NATROMさんくらいの医学的知識がある方でしょう。それで、てっきり、とっぽさんが医学の徒ではないかと勘違いしました。せめて アービング・カーシュ著 「抗うつ剤は本当に効くのか」 「精神疾患は脳の病気か?―向精神薬の科学と虚構」 エリオット S.ヴァレンスタイン著 「心の病の「流行」と精神科治療薬の真実」 ロバート・ウィタカー著 くらいは読んでから批判して下さいな。また、基本的に内海医師の著作も読まないと批判できないのでは? 意図的に、これらの著作を読むのを避けているように感じます。この作為は胡散臭いです。判断の公平性に欠きます。
論宅です。
IPアドレスを確認したところ、とっぽさんは、きんぐさんですね。きんぐさんは、二重盲検のことを知っており、はなからそのような専門的知識があるようです。とても素人だとは思えません。 それと、ハンドルネームを変えてコメントするのは卑怯です。ネット議論のマナーに反しますので、一定の措置をとります。ニセ科学批判の聖地である菊ログでも禁止されている行為です。 私を否定するために、そのような手段をとるのは、私のブログの愛読者からどう思われるのでしょうかね。また、ニセ科学批判クラスタにも悪いイメージを与えることになりますよ。 このような汚い手段をとる、とっぽさんの発言内容は、全てに信憑性がなく、彼が素人か専門家か、とても信用できないことがわかりました。単に私を陥れるための知的に悪賢いネット攻撃にしかすぎませんでした。
ダブルハンドル疑惑追及もよろしいですが、6月1日付の私のコメントへの返事、および、5月30日付の質問へのお答えもお願いしますね。
「基本的に内海医師の著作も読まないと批判できないのでは?」という主張はブーメランとしてmercaさんに返ってきます。医学論文を読まずに精神医学を批判できるので? 「一般書を読めと要求する一方で、自分は論文を読まない(読めない)」というのは典型的なトンデモさんの態度です。mercaさんは、ご自分が典型的なトンデモさんと同レベルであることを認めるか、あるいは、mercaさんだけは論文も読まずに既存の学説を批判できる特権をなぜ有しているのかについて説明するか、すべきではないですか。
一応社会学を専門的にやっている人間です。全体的な話として、社会学の信頼を損ねるような発言と議論は止めていただけませんか?ひとつひとつの内容にコメントはしませんが、たとえば以下のようなことです。
①質問にはきちんと答えること:質問者が何度も聞き返しているのに無視したり、はぐらかしたりしてますね。質問にはきちんと端的に答え、わからなければわからないと言うべきです。これは社会学の学会発表でも心がけるべきマナーです。 ②証拠を提示して反論すること:社会環境云々でうつ病が治ると主張するのであれば、その証拠を示すべきです。理屈で説明するのではなくデータを示すようにしてください。 ③一部の事例から一般化しないこと:精神薬でうつ病が治らなかったという人のコメントから、どうして「精神薬は効果がない」と一般化できるのですか?この論法のおかしさは社会調査法の教科書を調べればすぐわかります。
続きです。
④一般人・庶民といった言葉を安易に使わないこと:「精神薬の副作用で苦しんでいる人=庶民・一般人」という認識をされていますが、本当にそうですか?精神薬で病気をコントロールしながら暮らしている人、精神医療の恩恵を受けている人も「立派な」庶民・一般人なのではないですか?あまりマジックワードを使用しない方がいいですね。 ⑤学術雑誌を目の敵にしないこと:学術雑誌の意義と限界は、他の方がかかれていますが、社会学でも同じことです。このブログのようなレベルの低い論文なら、投稿してもかなり低い評価になるかリジェクトされるかです。
続きです
⑥理論の適合性を考えること:ミクロ社会学・社会構築主義を持ち出して精神疾患は作られたものであると述べていますが、本当にその説明でよいのでしょうか?理論がどの程度実態を説明できるかはよくよく吟味する必要があります。同様に「社会学的には~」という言葉をしばしば見かけましたが、それは本当に社会学的な視点が有効な現象、社会学で説明できる現象なのでしょうか?「社会学的」というのもある種のマジックワードになりかねませんので気をつけてください。 いろいろ書きましたが、おそらくこのブログの議論が社会構築主義の影響を大きく受けていることが問題の大きな部分を占めているように思います。社会構築主義は確かに有効な視点になる場合はあるものの、社会学内部でも賛否両論あります。「~は作られた、というだけで、それに変わる有効な案を提示できない」「有効な分析方法をもっておらず、印象論に陥りがち」「社会構築主義というもの自体が構築されたものではないか」などなど。もう少し幅広く社会学の方法論を学ばれた方がよいように思いますね。
何度もすみません。以下の箇所ですが、
「社会学玄論がトップに出てきた。すでに、ニセ科学批判に最初に興味をもった人たちは私のブログをまず閲覧することになる。皮肉なことであるが、これで新しいタイプのニセ科学批判の流派が誕生するかもしれない。」 そういう解釈も可能かもしれませんが、限定つきのものとも思われます。なによりあくまでネット上の話ですので、そこで検索に引っかかりやすかったとしても、「実社会」でどの程度のインパクトをもっているかはわかりません。またこのブログを見つけても、その内容の滅茶苦茶さに拒否反応を示す人も少なくないかもしれません。そしてニセ科学批判批判のような論者に対してうさんくささを感じるかもしれません(私もその一人です)。
続きです。
因果関係云々の議論の箇所で、「患者の生活史などのライフヒストリーを丹念に聞き取れば因果関係が解明できる」というような発言をされておりましたが、必ずしもそうとは言えません。 個人の生活史からわかるのはあくまでその個人の詳しい話なだけであって、うつ病の原因が何かというような因果関係そのものを明らかにするのには不向きです(因果関係とは何かという話はご自分でお調べください)。仮にうつ病の原因となった可能性のある社会的要因がいくつかあったとしても、それぞれが絡み合っていてどれが真の原因なのかは、話を聞いただけでは判断できない場合がほとんどです。生活史を語る際には語り手の解釈も含まれますので、「根本的」な原因はより見えにくくなります。このあたりの歯がゆさは実際に質的研究をされるとわかると思います。聞き取りをすればと何でもわかる、と思いがちですが(私もそうでした)、必ずしもそうとはいえません。
続きです。
全体的にこのブログでは、うつ病から精神医学一般を批判じているように見受けられますが、その論法はやはりちょっとまずいと思いますね。確かにうつ病は目立ちますが、認知症、統合失調症、双極性障害、てんかんなど精神医学の範囲です。これらの病気はうつ病よりも器質性が高く薬でコントロールしやすい場合もあります。これらの病気から精神医学を眺めてみると、また違った姿が見えてくるのではないでしょうか?対象をうまくわけながら、論じることをお勧めします。
論宅です。
①について あなたは、基礎からコミュニケーション論を勉強したほうがよいですね。質問に答えたほうがよいのかわるいのかは、基本的に行為者の自由であり、創発される場の雰囲気とコミュニケーションの流れに任されます。 それに、答える必要のない質問に答えることは、よけいに本題からそれてしまいます。ニセ科学批判者は、ホメオパシーの議論などしていないのに、ホメオパシーの質問をしてきたり、明からに自らの有利な分野へと誘導尋問をしています。セロトニン不足がうつ病の原因であるかどうかが話題の中心であるわけで、ホメオパシーは議論に関係ありません。 あなたは、全ての質問に答えるべきという道徳観にとらわれています。しかも、ブログは学会ではなく、ネットです。社会圏が異なります。ネット論争は一つのエンターティメントとしても観察できます。ほとんどのニセ科学批判論争が学術論争というよりか、エンターティメントになっています。一度、あなたの社会学の立場からニセ科学批判者と対話してみて下さい。先に体験しているから言えますが、その意味がよく分かると思います。ニセ科学批判者の論争は、あらゆるブログでなされ、プロレス化しています。
異なる社会圏を区別できずに、種々のコミュニケーションを使い分けることができないのは、社会学的感性がないと言わざるを得ません。本当に社会学専攻ですか? どの学者の理論に準拠しているのでしょうか? 一つの観点にとらわれています。自己を相対化して下さい。
②について 討論の基礎ですが、証拠や論拠は相手も共通の前提を共有している場合のみ、有効です。いくら証拠をだしても相手がはなから同意しない証拠は、証拠として機能を持ち得ません。従って、究極的には、討論においては、相手の前提から導きだせる帰結を述べることになります。証拠や論拠は相手の前提の中にあります。コミュニケーションにおいては、結局、証拠も絶対的ではなく、相互作用によって事後的に構築された相対的なものにしかすぎません。あなたは、自他を越えた絶対的な証拠があると幻想をもっていませんか?
国家が「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」をだしており、職場環境が原因でうつ病になるということを認めています。このような事実を知らないのでしょうか。これまでの膨大な臨床データから、環境とうつ病の因果関係を認めているわけです。労災として精神障害が認められています。
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/04/h0406-2.html つまり、社会環境(生活、労働環境)の改善でうつ病がよくなるというのは、うつ病のストレス仮説から導きだすことができる主張です。そして、ストレス仮説は国家や精神医学では一般に支持されている仮説であり、ニセ科学批判者も共有している前提であると考えたわけです。ストレスのない生活環境に改善することで、うつ状態から脱するというわけです。また、何がストレスかは本人からカウンセリングによって探ることで分かりますので、その環境要因を除去することが処方箋となり得ますし、少なくとも悪化は防ぐことができます。 社会学ばかりではなく、精神保健行政も勉強して下さい。私はそのような仕事にもかかわっていますから、よくわかります。
③について
薬が効くという根拠は、モノアミン仮説を前提としていますので、モノアミン仮説が正しくないのなら、薬が効くことがないと考えるのは当然で、一般化可能です。もし効くとしたら、偽薬効果しかありません。私は、今、あるゆる説を吟味した結果、モノアミン仮説否定の立場に立っていますので、そのように主張したいと思います。 「因果関係云々の議論の箇所で、「患者の生活史などのライフヒストリーを丹念に聞き取れば因果関係が解明できる」というような発言をされておりましたが、必ずしもそうとは言えません。」 この点については、心理士のテクニックの問題であり、未熟なカウンセラーでは無理ですが、熟練した精神分析学会に属する精神科医なら、因果関係を見つけ出すことができます。名医とやぶ医者の違いにしかすぎませんので、あなたの論理は基本的に間違っています。 むしろ絡み合う複雑な因果関係中から、心理的患部を見つけ出すことがカウンセラーの力量の見せ所です。
最後に、ベタな社会構築主義というよりも、私は仏教の空の思想に基づき、究極的に社会には実体がないという立場をとっていますが、かといって社会が全くの無とは考えていません。
実体はないが、コミュニケーションによって創発されて現象化し、人々を拘束するものとなり得ます。国家主義などはその典型です。国家や国民など本来実体はありませんが、多くのネット右翼の意識を拘束しています。ネット右翼にとっては、国家は実体となります。 単なる社会構築主義は、全ての社会現象をつくられたものとして全否定しますが、翻ってつくられたものであればこそかえって色々と再構成することも可能であり、ある意味、無限の可能性に開かれます。 ハミルトンうつ病評価尺度に見られるように、精神病の多くは身体的な根拠がなく社会的につくられたものです。 つまり、先にうつ病の概念があり、それに合致するように実在する対象から好き勝手に都合の良い部分を切り取り、一つの病気として構成し、医学的事実とするわけです。 精神病の診断に身体的に根拠があるなら、DMSではなく、脳の画像診断が必要かと思われますが、それをせずに医者は問診のみで診断しています。
お返事ありがとうございます。
そうですね・・。全体的にどう評価していいのかはわかりませんが、論宅さんが、そうだと言い張るのであれば、深追いはせず、そういうことにしておきましょう。 「質問に答えたほうがよいのかわるいのかは、基本的に行為者の自由であり」「ネット論争は一つのエンターティメントとしても観察できます」というのですから、私もまともな議論をせず、興味のあるところをピックアップして遊び半分に書きます。 >本当に社会学専攻ですか? あまり詳細は書けませんが、一応、社会学で学士以上の学位を取得しています。社会調査協会が発行する社会調査関連の資格を取得しています。あと、社会学関連の学会で発表したり、大した内容ではありませんが社会学の論文(査読付)を書いた経験もあります。そういう意味では社会学専攻です。ただ、社会学以外の領域と関わることが少なくないので、「バリバリ」の社会学専攻か?と聞かれたら、そうとは言えない気もします。
> どの学者の理論に準拠しているのでしょうか?
テーマによって準拠する理論や検証する仮説は異なりますし、そもそも理論や学説をやっている人間ではないので、「どの学者?」と聞かれても、正直なんとも言えないところです。好きな学者は?と聞かれれば、社会学ではMelvin Kohn先生や山岸俊男先生、医学では近藤克則先生(社会疫学)、加藤忠文先生(精神医学)などですかね。 あと、特定の学者の著作よりも、雑誌論文を読むことの方がむしろ多いですね。JGSS、EASS、SSMなどを使った論文は、著者に限らずいろいろ好きで読みます。 >一つの観点にとらわれています。自己を相対化して下さい。 一応学会などでは、自分の関心以外の発表も幅広く聞くようにはしておりますが、そもそも本当に興味のないものは聞かないでしょうし、それこそ「とらわれているかどうか」なんて、それこそ相対的なものじゃないですかね。。
>「あなたは、自他を越えた絶対的な証拠があると幻想をもっていませんか?」
「自他を超えた絶対的な証拠」というのが何を意味するのか図りかねますが、たとえば「客観的」とされる実験やサーベイ調査においても、指標化、設問化の段階や分析の過程で、研究者の主観はなにがしかの形で入るでしょう。その意味で「絶対的な根拠」があるとは思えません。ですが、それを言ったらありとあらゆるものがそうなってしまうでしょう。むしろそういう限界を理解しつつもの、その中で少しでも確かで有意義な知見を導くようなやり方が大事だと思います。逆にそういう努力を「所詮つくられたものに過ぎない」と否定する立場に対して厳しく批判します。その意味で私は強い「幻想」を抱いているかもしれません。 ちなみに、 >「コミュニケーションにおいては、結局、証拠も絶対的ではなく、相互作用によって事後的に構築された相対的なものにしかすぎません。」 という考え方も論宅さんがおっしゃるように「相対的なものにすぎない」のでしょうか?
>国家が「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」をだしており、職場環境が原因でうつ病になるということを認めています。このような事実を知らないのでしょうか。
重々承知しております。 >社会学ばかりではなく、精神保健行政も勉強して下さい。 一応、社会福祉関係の人に、社会調査法を教える関係で、社会福祉士や精神保健福祉士のテキストには目を通したことがあります。また福祉・健康心理学も勉強したことはあります(もちろんこれらだけでは不十分だと思います)。 >「ストレスのない生活環境に改善することで、うつ状態から脱するというわけです~」 というわけで、休養や休職を勧められるのでしょうね。 ちなみに、 >「これまでの膨大な臨床データから、環境とうつ病の因果関係を認めているわけです。労災として精神障害が認められています。」 >「私は、今、あるゆる説を吟味した結果、モノアミン仮説否定の立場に立っていますので、そのように主張したいと思います。」 という証拠に、「相互作用によって事後的に構築された相対的なものにしかすぎません」という可能性は無いと考えてよろしいのでしょうか?
>「③について 薬が効くという根拠は、モノアミン仮説を前提としていますので、モノアミン仮説が正しくないのなら、薬が効くことがないと考えるのは当然で、一般化可能です。もし効くとしたら、偽薬効果しかありません。」
私が質問しているのは、そういう理論のことではなくて、「少数事例からどうやって全体を推論できるのか?」ということです。具体的には駅前で100人に聞いた調査結果から、どうして「日本社会全体はこうだ!」と言えるのか、ということです。「抗うつ剤が聞かなかった」という人のコメントから、なぜ「抗うつ剤は効かないという一般的知見が得られた」と言えるのか?ということです。理論的説明ではなく、方法論的説明を伺いたいところです。
>あなたの論理は基本的に間違っています。
そうですかね。。私としては論宅さんの論理とあまり変わらないように感じます。カウンセリングだって会話・コミュニケーションである以上、 >「コミュニケーションにおいては、結局、証拠も絶対的ではなく、相互作用によって事後的に構築された相対的なものにしかすぎません。」 ということになりがちではないですかね?朝と夜で対象者の答えが変わることもありますし、特に宗教調査の場合、聞き取りを繰り返すごとに教義理解に沿った形で自分の信仰歴を整然と語るようになる信者います。 もちろんカウンセリングが無意味というわけではありません。カウンセリングの中で見いだされた患者の病気のストーリーを、単純に「因果関係を見つけた」と言い切ってしまっていいのか、という疑問ですね。「因果的解釈を施した病気の物語」の可能性はないのか、と。
>精神病の診断に身体的に根拠があるなら、DMSではなく、脳の画像診断が必要かと思われますが、それをせずに医者は問診のみで診断しています。
脳画像診断で明らかにできるほど病気の解明と診断技術・治療方法の開発が進んでいないのでしょうね。 うつ病も含めた多くの精神病が、骨折のように検査で一発でわかり、ほぼ100%完治するような治療法が見つかったら本当に素晴らしいです。NatureやScience、ゆくゆくはノーベル賞級の研究になりそうです。精神医学、脳科学、神経薬理学の益々の発展に大いに期待したいところです。 それまではDSMなどの次善の診断基準を使うしかないのでしょうね。いろいろ問題はありますがそれはそれで仕方がないでしょう。先ほど「自他を超えた絶対的根拠」の箇所で述べたように、限界のある方法をどのようにうまく使っていくかを考えるのが建設的だと思います。
>ベタな社会構築主義というよりも、私は仏教の空の思想に基づき、究極的に社会には実体がないという立場をとっていますが
これは非常に興味深いご発言ですね。アメリカでは、保守派プロテスタントの信者は科学に否定的、というような知見があります。反精神医学的発言をするのも、宗教関係者が少なくありません(サイエントロジーなど)。 日本では「宗教と科学」に関する実証的議論はあまり見ませんが、論宅さんのように仏教的な価値観をもつ人は科学・医学に否定的なのかもしれませんね。もちろん年齢、性別、学歴などによる疑似相関の可能性も十分あります。 なお、最後になりましたが、医療・科学は私の専門分野ではありません(関心はあります)。特定の領域にはあまり特化していませんが、エビデンスに基づいた知見を出すスタンスは一貫しているつもりです。「本当に社会学専攻ですか?」と聞かれましたが、そういう社会学者もいます。
>>(論宅)一般化を目指さない仮説は、そもそも科学的仮説だと言えませんし、実験で検証する意味もありません。普遍的原因の究明が科学の目的です。(NATRON)医学に関しては必ずしもそうではありませんし、むしろそうではない科学の分野も多くありますが、mercaさんがそのことをご存じないだけでしょう。
社会学に関して言えばNATRONさんのご発言がより的確でしょうね。社会学でも「一般化」という言葉は日常的に飛び交いますが、「一般化とは何か?」「一般化は可能か?」ということのコンセンサスは研究者間でかなりバラツキがあります(盛山他編2005『社会への知(下)』 )。仮説についていえば、質的研究の場合、調査の見通し・予測として使われる場合があります(佐藤郁哉2006『フィールドワーク』)。量的研究の場合も、理論仮説から導き出した仮説、ちょっとした結果の予測のような仮説、さらには仮説を立てない探索的研究まで幅広いです(吉川徹2003「計量的モノグラフと数理」『社会学評論』53(4):458-498)。
(ユニークなのでつい書き込んでしまいます)
社会学者の多くが社会一般、人間行動一般の解明を目指しているわけではないという印象を持っています。もちろん数理社会学のように極度に一般化を目指した分野もありますが、特定社会の分析、地域研究的な研究の方がむしろ主流のように思います。たとえばAmerican Sociological Reviewなどを見ても、アメリカ南部の話、補償教育の話、宗教と教育の話など、アメリカのローカルネタを扱ったものを結構見かけます。この傾向はアメリカに限らず、たとえば韓国、台湾、フィリピン、香港などの社会学も似ているような印象があります。その意味で「普遍的原因の究明が科学の目的です」ということは、社会学には必ずしも当てはまるわけではないように思います。
ちなみに、ひとつ前の投稿で韓国~を挙げましたが、台湾の社会学については日本でも結構読めますね。たとえば以下のサイトです。
http://www.ios.sinica.edu.tw/ios/?pid=23 各研究者が論文をアップロードしています。英語の論文も結構ありますので、読みやすいかと思います。医療、健康、科学関係の研究者もいますね。
論宅です。
>「コミュニケーションにおいては、結局、証拠も絶対的ではなく、相互作用によって事後的に構築された相対的なものにしかすぎません。」 という考え方も論宅さんがおっしゃるように「相対的なものにすぎない」のでしょうか? このような鈍感な質問を見ると、社会学を本当に学んでいないことが伺われます。端的にコミュニケーションという現象を理解していないと思われます。所謂、考えることと、語ることの区別が混同されています。 内的思考(私の考え)と他者とのコミュニケーションの次元は区別されなければならないのに、あなたは、その区別を同一視し、質問しています。他者とのコミュニケーションは、内的思考に還元されず、常に他者の理解・了解に委ねられ、不安定であり、その都度の合意があるのみで、常に相対的です。コミュニケーションの不確定性や二重の偶有性は、理論社会学では基礎的な部分です。ルーマンでなくても、ハーバーマスですら、真理の合意説に準拠し、絶対主義ではありません。本当に理論社会学を学んでいますか?
もちろんカウンセリングが無意味というわけではありません。カウンセリングの中で見いだされた患者の病気のストーリーを、単純に「因果関係を見つけた」と言い切ってしまっていいのか、という疑問ですね。「因果的解釈を施した病気の物語」の可能性はないのか、と。」
ただし、この辺の視点は評価できます。社会構成主義に基づくナラティヴセラピーが正しく、対話によって「因果的解釈を施した病気の物語」をつくることで、治療するという観点をもっています。精神分析と違って、本当の因果関係を追求しないが、クライエントが受容する因果関係の物語を利用して、よい方向にもっていきます。真実の因果関係などそもそもないとするラディカルな立場もありますが、そこまで過激ではなくても、真実の因果関係と機能的に等価であれば、それでよしとすることも可能です。
「日本では「宗教と科学」に関する実証的議論はあまり見ませんが、論宅さんのように仏教的な価値観をもつ人は科学・医学に否定的なのかもしれませんね。もちろん年齢、性別、学歴などによる疑似相関の可能性も十分あります。」
むしろ科学は宗教(思想)と機能的に等価になっていると思います。科学を否定されるとむかつきを感じる人は、その類いです。 知識にしかすぎない科学なのに、それが自己観念の一部となっているから腹が立つわけです。科学を否定されたら、自分も否定された気持ちになって怒る訳です。典型的なニセ科学批判者の自我構造です。 telomereさんが「思想としてのエビデンス主義」という私のエントリーを読んでむかついたのなら、そのような自我になっています。 エビデンス主義による社会調査法を否定されたら、自分も否定されたと感じているから、私のブログに沢山書き込んでいるわけです。
さらにいうと、telomereさんは、社会学者にとって、一番大切なことを忘れています。
それは、本来、科学は社会学の方法ではなく、科学それ自体が社会学の対象だということです。近代化を対象とする社会学は、近代化現象の一つとして科学を扱います。社会学は、科学の外にたって近代化現象としての科学を分析し、その機能を説明する役割をもっています。本来、科学は、社会学にとって方法ではなく、対象です。社会学にとって、説明する対象にしかすぎません。方法と対象を転倒させることはできません。科学を説明しようとする社会学は、科学以上の立場にあるわけです。社会調査法という科学的手法を社会学そのものと勘違いする限り、何ら社会学の本質を得たことになりません。科学それ自体を対象とする学問は、哲学と社会学のみです。 私が科学を思想として社会学的に観察し、ニセ科学批判こそが思想としての科学の典型であると関心をもつのは、社会学としては当然の事なんです。むしろ他の社会学者があまりニセ科学批判を社会学の対象としないのが不思議ですね。
「その意味で「普遍的原因の究明が科学の目的です」ということは、社会学には必ずしも当てはまるわけではないように思います。」
この意見には同意できます。 ある特定の社会共同体内において、結果的に因果関係として記述可能な社会現象は、実は存在します。自然科学の因果関係は法則ですが、法則に似たものとして、社会規範というものが存在します。人々は社会規範に従い行動します。お金を渡すと、店員が商品を渡すという売買行為は、ある意味、因果関係として記述し、法則化できます。常に逸脱に開かれていますが、ある社会において人々が特定の状況において特定の行動をとる場合、社会規範が存在する可能性があります。 例えば、横断歩道においては、人々は赤信号なら止まり、青信号ならわたります。それを観察するとことで、社会規範を記述できます。ただ、社会規範が本当に作用しているかどうかは、自然科学のように外からの観察だけではわからず、行為者に理由を聞く事が必要であり、ウェーバーの理解社会学に準拠し、意味世界を解明します。統計ではなく、理論社会学が開発した社会規範という概念そのもの使用することで、観察可能となり、記述できるわけです。
お返事ありがとうございます。
非常に申しあげにくいのですが、論宅さんのおっしゃることが私には全体的にあまりよく理解できないです。なので私自身のことに関する発言のみ発言のみ答えようと思います。 >このような鈍感な質問を見ると、社会学を本当に学んでいないことが伺われます。 これは遊び半分で、ふざけて書いた質問です。 >本当に理論社会学を学んでいますか? 「本当に」という意味がよくわかりませんが、先に「学説や理論をやっているものではない」と書いたように特段学んでいるわけではありません。大学院入試用の勉強、自分の研究にかかわる範囲での勉強以上には、やっていませんし、そこまで興味もありません。
>エビデンス主義による社会調査法を否定されたら、自分も否定されたと感じているから、私のブログに沢山書き込んでいるわけです。
そういわれればそうなのかもしれませんが、単に事実誤認と理解不足、突っ込みどころが散見されて気になったから、というところなのですが。。コメントが社会調査法に特化しているのは、それが私の専門に近いこと、それ以外の記事の実質的内容に詳しくないことの2つが理由ですね(詳しければいろいろ書いたはずです)。
最後に余計なお世話かもしれませんが、
>「社会学者にとって一番大切なこと」「社会学の本質」 というような表現はあまり安易に使わない方がよいですよ。 さて、コメントはこれで最後になると思います。ほかの記事にもあちらこちらコメントしましたが、回答を考えるなり、調べるなり、何かの参考にしてみてください。
横から失礼致します。
はじめに私は社会学者でも医師でもありません。 自身が精神科の投薬治療が原因で悪化、後遺症が残った可能性が高いと考えている一般人です。 よって、知識は不足していると思いますが、参考程度に聞き流していただければ幸いです。マナーなどに違反していれば削除してください。 偏っているかもしれませんが個人的に、うつ病学会ガイドライン、睡眠学会(ガイドライン?Q&A)、診療報酬データを用いた向精神薬処方に関する実態調査研究(http://www.ncnp.go.jp/tmc/pdf/22_report10.pdf)等や、ロバート・ウィタカー著「心の病の「流行」と精神科治療薬の真実」、アレン・フランセス(DSM-Ⅳ作成委員長)著「<正常を救え>精神医学を混乱させるDSM-5への警告」(共に監訳は精神科医)などを読みました。
私の考察ですが、まず、内海医師の精神医学批判がニセ科学批判となるかですがお答えできません。どちらかと言えばネガティブです。ただし、ブログ記事の時期を考慮すればmercaさんが総論的にこう仰りたい気持ちは理解できます。これがロバート・ウィタカーであれば賛成です。
心の病の「流行」と精神科治療薬の真実」はおびただしい数の論文を引用しています。ウィタカーが問題視したかった項目がそもそも多岐にわたりすぎていたためと考えます。私は医学論文を読むことができません。和訳してあれば別ですが。 500Pを超えていますが、必要な量です。個々の事例は読み手によってはなくてもいいかと思います。これと比較すると内海医師は雑だと評価せざるを得ません。 これらの逆の結果、あるいはこれよりも上のエビデンスまたは誤訳や欠陥等があれば撤回します。
これをここで詳細として伝えるのはかなり無理が生じますが簡略化してみます。
載せている実験はプラセボとの比較がメインです。 有効性がどの程度あるか(人数的な意味と改善の度合い)、適切な投薬期間はどのくらいか、副作用、離脱作用の影響がどのくらいあるか(身体的、精神的、経済?的)等 全体としてこれらを過大評価、あるいは副作用等の過小評価を問題視しています。 …自分で書いていて怪しい文に見えてきました。ただ個人的な経験から副作用が出たのに飲み続けてと言われましたが(複数医に)、そんなに効果があるものだというのが理解できません(むしろ、やめたら精神的な症状はなくなりました)。効果の過大評価、有害作用の過小評価はかなり酷いと考えています。
参考までに。ウィタカーの本を読んで肯定的にみた精神科医の記事です(誤訳の可能性あり)。
https://www.facebook.com/notes/%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E5%8C%BB%E7%99%82%E8%A2%AB%E5%AE%B3%E9%80%A3%E7%B5%A1%E4%BC%9A/%E7%9C%9F%E5%AE%9F%E3%82%92%E7%9F%A5%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%82%E3%82%8B%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%A7%91%E5%8C%BB%E3%81%AE%E3%82%B8%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%81%9D%E3%81%97%E3%81%A6%E5%8F%96%E3%81%A3%E3%81%9F%E8%A1%8C%E5%8B%95/445986248863368
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