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2007年 08月 17日 ( 2 )

疑似科学批判が流行る理由

 疑似科学批判が流行る理由は、明らかである。
 社会学的に言うと、現代社会のイデオロギーとして科学が機能しているからである。つまり、科学という言葉だけで人々は思考を媒介とせずにそれが真理であると信じるわけである。このような知識社会学的な社会状況を背景に、科学のイデオロギー効果を利用して人々を騙すのが疑似科学である。それは、虎の威を借りた虚偽知識である。アカデミックな本当の科学の立場からこのような虚偽知識を批判するのが、疑似科学批判をする論客たちなのである。
 しかし、科学を絶対視する点においては、疑似科学もそれを批判する者も同じ観察点にいる。この盲点に自覚的な論客は少ない。多くの疑似科学批判論者は、疑似科学批判の背景には、科学が成熟社会=後期近代社会のイデオロギーとして機能しているという社会学的真理があることを理解していない。言い換えれば、自己の理論の前提に盲目なのである。学問的には、このままでは、目くそ鼻くそを笑う域をでない。
by merca | 2007-08-17 10:26 | 社会分析 | Trackback(5) | Comments(33)

コピー・システム論

 区別によってシステムは創発すると言われている。しかし,(オリジナル/コピー)という区別で創発するシステムは,そもそもあり得るのか?
三次元体の世界では,(オリジナル/コピー)は区別がつく。世界に全く同じ形と性質をしたものは存在しない。所謂,ライプニッツが唱えた同一者不可分性の原理である。仮に,あるオリジナルの物体から同じ形の物体をつくりだしたとしても,空間と時間を共有することができない。さらに,ライプニッツは,時空における位置関係が異なれば,その存在の性質も異なると考えていた。
 ところが,データベース空間では,時空間が存在しえず,1つのデータをコピーしても,元のデータと全く同一であり,区別がつかない。オリジナルデータとコピーデータは同一であり,区別は無効である。従って,(オリジナル/コピー)という区別からは,いかなるシステムも創発しえない。この場合,システムは創発するのではなく,コピー増殖するにすぎない。データの世界は,純粋イデアの世界である。実は,オリジナルとコピーの区別は,オリジナルが真理,コピーが虚偽に対応している。データベース世界では,真偽の区別すらも無効である。データベース世界は,本物と偽者の区別はないのだ。定義するならば,「偽者を本物であると見なすこと」「本物を偽物であると見なすこと」が嘘であり,「本物を本物であると見なすこと」「偽物を偽物であると見なすこと」が真理である。しかし,本物と偽者の区別がないデータベース世界では,真偽の区別もあり得ないのである。
 してみれば,社会システム論は意味境界に基づくが,意味そのものは概念である。概念の世界つまりイデア界=データペース世界では,(オリジナル/コピー)という区別は存在しない。

 
by merca | 2007-08-17 09:50 | 理論 | Trackback(2) | Comments(0)